COUNT UP!

COUNT UP! ―― PERFECTに挑む、プロダーツプレイヤー列伝。
―― PERFECTに参戦するプロダーツプレーヤーは約1,700人。
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
2015年3月2日 更新(連載第52回)
Leg11
闘いのクレシェンドに身を投じた修羅の日々 濱大将、闘いのボレロ
一宮弘人

Leg11 一宮弘人(5)
ダーツを芸術に

2014年シーズン第10戦横浜大会の決勝トーナメント3回戦で、前季年間総合ランキング4位の山本信博と対戦した一宮弘人は、第1、第2レグ連取の後、3レグを連続で失い敗退。試合後、人目を憚らず涙を見せた。
 このとき42歳。3人の子供を持つ男が、初めての決勝で敗れたときにも見せなかった涙を、決勝トーナメントの序盤で負けて流した理由はどこにあったのか?

ダーツに人生を賭けた男の涙

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一宮は振り返る。「ここまで頑張っても勝てないのか、というのと、なぜあそこで落としたのか、というのがあったと思います」

長いダーツ人生で、5レグマッチでスイープ(レグカウント0-3の負け)された記憶はいくつかあるが、第1、2レグを獲った後に3レグを連取された記憶はない。

その日、山本との対戦で、一宮は01に賭けていた。第1レグは集中できて、狙い通りブレイク。第2レグのキープと第3レグの完敗は想定内。そして、「なぜあそこで落としたのか」というのは、「最も集中した」第4レグの第5Rのことだった。

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2014 PERFECT【第10戦 横浜】
決勝トーナメント3回戦 第4レグ「501」

WIN
一宮 弘人(先攻)   山本 信博(後攻)
1st 2nd 3rd to go   1st 2nd 3rd to go
T1 T20 S20 418 1R T20 S1 S20 420
S20 T7 T19 320 2R S20 T20 T1 337
S1 S20 S20 279 3R T20 T20 S20 197
T20 T20 19 140 4R S20 T20 T5 102
T1 S20 T5 102 5R T20 T10 D6 0
WIN
OB=アウトボード

第4レグは一宮の先攻。キープすれば勝利が決まる。

第1Rは一宮が83P、山本は81Pを削り、互角の滑り出し。第2Rも一宮98P、山本63Pとほぼ互角で、一宮は先攻の有利を保って中盤に向かう。

第3R。一宮の1投目はS1ゾーンへ。2、3投目はS20に外し41Pしか削れない。一宮の隙に乗じて山本は140Pを削り、一気に戦況をリードした。

第4R。形勢を挽回したい一宮は1、2投目をT20にきっちりと打ち込み、3投目はT19をターゲットにする。T20ゾーンが見え難かったのが一つ。そして、T20を狙ってシングルになったときの残り141Pと、T19の場合の102P、S19だった場合の140Pを瞬時に比較し、ターゲットを変えた。結果はS19。一方の山本は1投目がS20、3投目がT5となり、差は縮まる。

勝負の第5R。TO GO 140で勝利を目前にした一宮はここでミスを連発。1投目T1、2投目S20、3投目はT5で、残りは102P。簡単に上がれる数字を残して山本にプレッシャーをかけることさえできない痛恨のラウンドとなる。

一宮のミスで楽になった山本は、1投目をしっかりT20に沈めると、2投目は確実にT10をアレンジ。3投目のレグショットをD6に突き刺し、勝負はフルレグにもつれ込んだ。

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第4レグの第5R。残り140で一宮は38Pしか削れていない。いずれもT20ゾーンから数ビット外れている。「上がれなくても、残り30Pか40Pにしておけば」、相手に相当なプレシャーを与え、勝てていたと思う。なぜ、あそこでもっと削れなかったのか…。その「なぜ」は時間が経っても消えない。

第5レグは「ガス欠」だった。1試合で使える「メンタルの力の総量は決まっている」というのが一宮の持論。第4レグで精神的な力を使い果たしてしまった一宮に、フルレグを戦い切る気力は残っていなかった。「ここまで頑張ってもだめなのか」というのは、その気持ちを表した言葉だった。

好敵手山本を相手に、技術もメンタルもすべて出し切って、そして負けた。「悔しい」とも「残念」とも「不甲斐ない」とも少し違う。あの日、一宮が零したのは、ダーツに人生のすべてを賭けている者にしかわからない感情が凝縮された涙だった。

60歳までトーナメントに出る

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一宮のダーツに寄せる思いや、ダーツ観を知りたくて、さまざまな問いを投げかけてみた。  ――これからの目標は?
 「短期的には、PERFECTで初優勝すること。長期的には年間王者になること。年間王者を獲ったら世界を目指します。不器用なので何年かかるかわかりませんが、PERFECTは技術もメンタルも日本で1番の武闘集団と思っているので、そこでNo.1になりたいですね。自分にはできると思っていますし、60歳までは現役でトーナメントに出るつもりです」
 ――PERFECTのプレイヤーで、一番意識しているのは?
 「山本、浅田ですね。怪獣みたいな浅田とは激しい打ち合いができるし、山本とは神経を擦り減らすようなギリギリの戦いができます。野球に譬えるなら、浅田とは打撃戦、山本とは投手戦。そういう意味で意識してますね」
 ――一宮さんにとってダーツとは何ですか?
 「人生のすべてです」
 ――理想とするダーツはどのようなダーツでしょうか?
 「外さないダーツです」

外さないダーツ

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「外さないダーツ」とは何か。それは、ダーツの技術が芸術の域に近づいたときに完成される完璧なダーツであり、「ダーツを芸術にしたい」と一宮は言う。その心は何か?

一宮の投擲フォームはユニークである。スタンスが決まると、右手をゆっくりと顔の真中まで引き、そこからボードと言うよりは天空に向かって矢を放つ。一宮の手を離れた矢は、ほかのどの選手の矢より高くゆっくりとターゲットに向かう。

腕を引いたとき、フライトの端はかすかに鼻梁に触れる。そのとき、一宮には「外す」と分かることがある。そのまま投げると矢は必ずターゲットから外れる。経験からそれを知った一宮は、「外れる」と直感したときは投擲を中止し、セットアップをやり直す。

もし、常に投げる前に外すことが直感され、その直感がない時はターゲットを外さない、という技術を身につけることが出来れば、外すと直感したときは、投擲を中止して、外す直感がなくなるまで何度でもセットアップを繰り返せばよいのだから、ダーツが的を外れることはない。これが、一宮の言う「外さないダーツ」だ。そのためには、外すことが直感できる「完璧なセンサー」を手に入れなければならない。

完璧なセンサー

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セットアップした時に外すのが分かるのは今のところ、予選から決勝まで1大会で3、4回。多い時でも5、6回程度。外す数はそれより遥かに多い。その数を少しでも増やすことができるよう、完璧なセンサーを求めて、一宮は修行僧のようなダーツ漬けの生活を送っている。

「ダーツは人生のすべて」と言い、その言葉通り、ダーツに人生を捧げるかのように、時として破天荒に、他者からは無茶に見える半生を送って来た一宮の発する言葉は面白い。

曰く「修行僧」、曰く「ダーツを芸術に」、また曰く「完璧なセンサー」…。その言葉の一つひとつに、一宮の心のうちに燃え滾るダーツへの情熱が溢れ出ている。ダーツとは、そこまでに魅力を持ち、人を狂わせてしまうものなのか。一宮の半生を文字にして、改めて思う。

今年44歳。2月21日開幕した2015年シーズンは、山田勇樹、浅田、山本らと同じTRiNiDADのユニフォームに袖を通す。首と腰の持病、若き日々に野球や仕事に没頭した勲章は、いつ爆発するかわからない。何日もダーツを投げられない日もある。それでも、一宮はただ直向きにダーツと向き合う。初優勝を。年間王者を。そして、その手に全き矢術を掴む日のために。

(終わり)

次回予告
圧倒的だった。その強さは絶対的だった。次なる目標を探していた。そんな中、突如降りかかった悪夢…。必ず還る!ダーツ最強王者の激しい闘いの日々が始まったのだ。
COUNT UPにまんをじして登場!王者ヤンマーの秘めたる闘志と自尊心、その放熱の軌跡。
Leg12 山田勇樹「PRIDE ―― そして王者は還る」
どうぞお楽しみに!

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○ライター紹介

岩本 宣明(いわもと のあ)

1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。

京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。

著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。