COUNT UP!

COUNT UP! ―― PERFECTに挑む、プロダーツプレイヤー列伝。
―― PERFECTに参戦するプロダーツプレーヤーは約1,700人。
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
2013年8月19日 更新(連載第1回)
Leg1
打ち砕かれた決意、そして再び試される恵太の信念!
小野恵太

Leg1 小野恵太(1)
「試合に負けて、あんなに泣いたのは、初めてでした」

2013年3月3日、神戸。曇り。

神戸港沖に浮かぶ人口島・ポートアイランドにある神戸コンベンションセンター・国際展示場は、ダーツファン3500人の熱気で噎(む)せ返していた。

COUNT UP!

ひな祭りのこの日、パーフェクト第2戦にエントリーした男子プロは261人。前年ランキング4位の小野恵太は、午前からの予選、決勝トーナメントを勝ち上がり、観客が注視する優勝戦の舞台にコマを進めた。対するは、沖縄・石垣島から参戦の伊良部昌貢。無名の伏兵との対戦に、恵太の今季初勝利を疑う者はいなかった。

が、恵太は自らを追い詰めていた。

「絶対に負けられない」

その気持ちが強すぎた。観客席の最後部で、星野光正が恵太に熱い視線を注いでいた。

ZOOM UP LEG

第2戦 決勝 第3セット 第3レッグ

小野 恵太(先攻)   伊良部 昌貢(後攻)
1st 2nd 3rd to go   1st 2nd 3rd to go
T5 T5 T20 411 1R T20 T20 T20 321
T20 S20 S20 311 2R T20 S20 T20 181
T1 S5 S20 283 3R T20 T20 T15 16
S20 S5 T19 201 4R D8 WIN

第3セットは第1、2レッグを互いにブレイクし、最終レッグに縺(もつ)れ込んだ。コークで後攻となった伊良部は、4、5秒想(そう)を巡らせてから501をチョイスし、周囲を驚かせる。その奇策が功を奏した。

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1Rで90Pと出遅れた恵太に対し、気負いのない伊良部はTON80。2Rを終わり311ー181と恵太は追い詰められた。迎えた3R。1投目をT1に外す痛恨のミス。T20のわずかに右。「入った」と確信したターゲットを外して緊張の糸が切れた。2投目もS5に外し勝負あり。テンポ良く飄々とダーツに向ったダークホースが、ツアー初勝利を掠(さら)った。

直後の表彰式。眉間に深く皺を刻んだままの恵太に、最後まで笑顔はなかった。

「絶対に負けられない」

COUNT UP!

自らを追い詰めたことには理由があった。

この日、決勝トーナメント第2Rで、星野と対戦した。恵太が師と仰ぐ存在。感情剥き出しのプレイスタイルも師匠譲り。家族ぐるみの付き合いもある。

星野は「炎の皇帝」との通り名を持つ、日本ソフトダーツ界の巨星。パーフェクトが誕生した07年、全11戦に出場し7勝した初代王者で、翌年も連覇。10、11年にも2度目の連覇を果たし、絶対王者としてパーフェクトに君臨した。

初めて出会ったのは2010年。パーフェクトに初参戦した年だった。当時の恵太にとって、星野は「DVDで観る人」。つまり、雲の上の存在だった。4戦連続で完敗。ダーツをさせてもらえなかった。が、その実力以上に、人間味溢れるプレイスタイルに魅せられた。

昨年からは、誘われて同じ事務所に籍を置く。「いつか、この人に勝てる日が来るのかな…」「この人のようになりたい」――。恵太のプロ人生の第1歩は、そのようにして始まった。

無言で語り合う師弟

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その星野が近く他団体へ移籍すると聞かされていた。昨年は不調で1勝もできず、ランク6位。パーフェクトで勝てなくなったから、移籍するのだ。心無い憶測も飛び交っていた。

関西は星野の本拠地。地元での最後の大会に、家族も応援に駆けつけている。「いつも以上に、やりにくかった」。が、恵太は心を無にして戦いに挑んだ。

「地元で最後の花道を」。星野と家族の願いを打ち砕いてコマを進めた決勝。だからこそ、絶対に負ける訳にはいかなかった。大舞台の直前、控室の練習場に、肩を並べてボードに向かう2人の姿があった。助言を受ける訳でも言葉を交わす訳でもない。隣り合って、ただ、黙々とダーツを投げた。そして、満を持して向かった優勝戦。「まだまだ」。追い詰められた恵太の耳に、星野の檄が聞こえていた。


表彰式後、恵太は荒れた。控え室の机を殴り椅子を蹴り上げる恵太を、星野が叱る。

「物にあたるなら、俺にあたれ」

必死で抑えていた感情の堰が切れた。声をあげて泣いた。怒号のように聞こえた。事務所スタッフに抱きかかえられるようにして、会場を後にした。

試合に負けて、あんなに泣いたのは、初めてだった。(つづく)


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○ライター紹介

岩本 宣明(いわもと のあ)

1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。

京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。

著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。