COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg1 小野恵太(1)
「試合に負けて、あんなに泣いたのは、初めてでした」
2013年3月3日、神戸。曇り。
神戸港沖に浮かぶ人口島・ポートアイランドにある神戸コンベンションセンター・国際展示場は、ダーツファン3500人の熱気で噎(む)せ返していた。
ひな祭りのこの日、パーフェクト第2戦にエントリーした男子プロは261人。前年ランキング4位の小野恵太は、午前からの予選、決勝トーナメントを勝ち上がり、観客が注視する優勝戦の舞台にコマを進めた。対するは、沖縄・石垣島から参戦の伊良部昌貢。無名の伏兵との対戦に、恵太の今季初勝利を疑う者はいなかった。
が、恵太は自らを追い詰めていた。
「絶対に負けられない」
その気持ちが強すぎた。観客席の最後部で、星野光正が恵太に熱い視線を注いでいた。
第2戦 決勝 第3セット 第3レッグ
小野 恵太(先攻) | 伊良部 昌貢(後攻) | |||||||
1st | 2nd | 3rd | to go | 1st | 2nd | 3rd | to go | |
T5 | T5 | T20 | 411 | 1R | T20 | T20 | T20 | 321 |
T20 | S20 | S20 | 311 | 2R | T20 | S20 | T20 | 181 |
T1 | S5 | S20 | 283 | 3R | T20 | T20 | T15 | 16 |
S20 | S5 | T19 | 201 | 4R | D8 | – | – | WIN |
第3セットは第1、2レッグを互いにブレイクし、最終レッグに縺(もつ)れ込んだ。コークで後攻となった伊良部は、4、5秒想(そう)を巡らせてから501をチョイスし、周囲を驚かせる。その奇策が功を奏した。
1Rで90Pと出遅れた恵太に対し、気負いのない伊良部はTON80。2Rを終わり311ー181と恵太は追い詰められた。迎えた3R。1投目をT1に外す痛恨のミス。T20のわずかに右。「入った」と確信したターゲットを外して緊張の糸が切れた。2投目もS5に外し勝負あり。テンポ良く飄々とダーツに向ったダークホースが、ツアー初勝利を掠(さら)った。
直後の表彰式。眉間に深く皺を刻んだままの恵太に、最後まで笑顔はなかった。
「絶対に負けられない」
自らを追い詰めたことには理由があった。
この日、決勝トーナメント第2Rで、星野と対戦した。恵太が師と仰ぐ存在。感情剥き出しのプレイスタイルも師匠譲り。家族ぐるみの付き合いもある。
星野は「炎の皇帝」との通り名を持つ、日本ソフトダーツ界の巨星。パーフェクトが誕生した07年、全11戦に出場し7勝した初代王者で、翌年も連覇。10、11年にも2度目の連覇を果たし、絶対王者としてパーフェクトに君臨した。
初めて出会ったのは2010年。パーフェクトに初参戦した年だった。当時の恵太にとって、星野は「DVDで観る人」。つまり、雲の上の存在だった。4戦連続で完敗。ダーツをさせてもらえなかった。が、その実力以上に、人間味溢れるプレイスタイルに魅せられた。
昨年からは、誘われて同じ事務所に籍を置く。「いつか、この人に勝てる日が来るのかな…」「この人のようになりたい」――。恵太のプロ人生の第1歩は、そのようにして始まった。
無言で語り合う師弟
その星野が近く他団体へ移籍すると聞かされていた。昨年は不調で1勝もできず、ランク6位。パーフェクトで勝てなくなったから、移籍するのだ。心無い憶測も飛び交っていた。
関西は星野の本拠地。地元での最後の大会に、家族も応援に駆けつけている。「いつも以上に、やりにくかった」。が、恵太は心を無にして戦いに挑んだ。
「地元で最後の花道を」。星野と家族の願いを打ち砕いてコマを進めた決勝。だからこそ、絶対に負ける訳にはいかなかった。大舞台の直前、控室の練習場に、肩を並べてボードに向かう2人の姿があった。助言を受ける訳でも言葉を交わす訳でもない。隣り合って、ただ、黙々とダーツを投げた。そして、満を持して向かった優勝戦。「まだまだ」。追い詰められた恵太の耳に、星野の檄が聞こえていた。
表彰式後、恵太は荒れた。控え室の机を殴り椅子を蹴り上げる恵太を、星野が叱る。
「物にあたるなら、俺にあたれ」
必死で抑えていた感情の堰が切れた。声をあげて泣いた。怒号のように聞こえた。事務所スタッフに抱きかかえられるようにして、会場を後にした。
試合に負けて、あんなに泣いたのは、初めてだった。(つづく)
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- 小野恵太(1)「試合に負けて、あんなに泣いたのは、初めてでした」
○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。