COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg1 小野恵太(2)
「こんなに悔しい思いをするんなら、もっと上手くなりたいと思ったんです」
2010年にプロデビュー。パーフェクトに初参戦し、4戦目に初優勝、年間総合4位の成績をおさめた小野恵太を、「天才」と称する声がある。他方、前嶋組を率いパーフェクトに参戦する大分の前嶋志郎は、恵太を「努力家」だと言い切る。恵太を造ったのは、天才か努力か、その双方なのか。いずれにせよ、その類い希なタレントを疑う者はいない。
恵太の最大の魅力は爆発力。当たり出したら止まらない。対戦相手は我慢して、爆発が途切れるのを待つより他、成す術がない。
天才も爆発力も、もちろん、努力と技術の裏付けがあってこそ。恵太の真骨頂を支える技術は、どのように形成されてきたのか。ダーツプレイヤー小野恵太は、どのような出会いや歩みの中で、その天才を開花させたのか。
取りあえず、大学に
小野恵太は1987年、東京都江戸川区平井の生まれ。両親は自営業を営み、11歳離れた兄がいる。ゆとり第一世代。地元の学校に通い、中学まではサッカーに興じた。が、高校では「部活に休みがないのがいや」で、バンドを始めた。プロを目指すメンバーがいた。負けず嫌いの恵太は、「高校から始めた自分が勝てる訳ない」、そう思ってバンドもやめた。
卒業が近づいた。やりたいことが見つからない。それなら「取りあえず、大学に」。教師に勧められ、「家から近くて入れそうな大学」に進学した。
誰のどんな人生も、その人にとっては特別であり、どこにでもある平凡でありきたりな人生など、どこにもない。が、誤解を恐れずに言えば、恵太が語る彼の10代に、「特別な何か」は見当たらない。どこにでもいるような10代の少年。それは「安定志向」と言われるゆとり世代の典型なのか、何かに彼我を忘れて夢中になったり、大きな目標のために血の滲むような努力をしたりした痕跡はない。人生に強い拘りが感じられない。「負けず嫌い」と自己分析しながら、勝負する前に投げ出してしまう。別の言葉を探せば、実にしなやかに、日々を生きていた。
毎日1200投でフォームを変える
その恵太を「特別な何か」に導いたのは、ダーツだった。
初めてダーツに触れたのは高校2年の1月。友達に誘われ近所のビリヤード場で遊んだ。運命的な何かを感じた訳ではない。近所なので、付き合いでちょくちょく通った。やがて一人で行くようになった。
大学入学後、ダーツショップでバイトを始めた。マシーンは使い放題。バイトの度に投げるうち上手くなった。半年後には、近所のビリヤード場で毎日バイト。熱が入った。地元ではちょっとした顔になった。
最初の転機は20歳の2月。初めて出場した試合で、心臓がばくばくして動揺し、負けた。いつも通りに投げられない。練習では経験のない感覚。「こんなに悔しい思いをするんだったら、もっと上手くなりたい」。生来の負けず嫌いに火がついた。
「上手くなるには、何かを変えなきゃいけない」。利き手をダーツが視界から消えるほど極端に外側に引く、変則的なフォームから、精度を上げるため、正面に引いたダーツをそのまま投げる素直な投げ方に変えた。練習量を5倍に増やし、カウントアップ毎日50回を自らに課した。1レッグ8ラウンド24投で計1200投。ひたすらブルを狙い、新しいフォームを固めた。周囲が瞠目するほど、短期間に、めきめきと力をつけた。
夏。フェニックス主催の「無我」にエントリ-。ダブルスで優勝した。決勝で対戦した畠中宏は、バレルメーカー「アルティマダーツ」が契約するプロのトップ選手。
「君、何やってる人なの?」
試合後、声をかけられた。その一言の先に、「考えてもいなかった」プロへの道が開けていた。(つづく)
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○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。