COUNT UP!

COUNT UP! ―― PERFECTに挑む、プロダーツプレイヤー列伝。
―― PERFECTに参戦するプロダーツプレーヤーは約1,700人。
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
2013年9月24日 更新(連載第6回)
Leg2
茨の道を歩み始めた一人の野武士 あまりにも険しい試練!
山本信博

Leg2 山本信博(2)
「余計なことをあれこれ考えているときが、調子がいいんです」

今季優勝2回ランキング4位(9月24日現在)の小野恵太は、「試合中に何も考えない、ターゲットしか目に入らず、無に近い状態」になったとき、その実力を最大限に発揮する。

山本信博の場合はまったく逆だ。試合の展開が頭を駆け巡る、別の言い方をすれば、余計なことをあれこれ考える余裕のあるときが、一番調子のいい状態なのだと言う。

その違いは何か。答えに近づくことができたとき、ダーツの深淵の戸口ぐらいには手が届くのではないか。
 ヒントは“精密機械”にあった。

その日の理想のフォームを求める

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好調時の山本は打ちミスをしない。癖のない美しいフォームから淡々と放たれるダーツは、緩やかな放物線を描いてターゲットに吸い込まれる。それが山本の真骨頂であり、精密機械と評される所以だ。

その正確さはどこからくるのか。「練習」の一語に尽きる。
 山本はイベントなどへの参加も含め、毎日、4、5時間の練習を欠かさない。もちろん、ただ漫然とボードに向かう訳ではい。フォームのチェック。それが黙々とボードに向かう理由だ。

スタンス、バレルの握り、肘の引き方、引き位置、フォロースル―…、チェック項目は数え上げれば切がない。スタンス一つとっても、歩幅だけでなく重心の位置、体重のかけ方、足の裏のどこを意識して体重をのせるのか、親指か中指か、拇趾球辺りか、土踏まずか、踵の方か…。バレルの握りなら、親指を意識するのか人差し指か、親指だとしたら親指のどの辺りに意識を集中させるのか…。

山本の場合、理想のフォームは一つではない。その日のコンディションや感覚によって、微妙に変わるのだという。だから、一番しっくり違和感なく投げられるフォームを求めて、毎日、数限りない点検と試行錯誤を続ける。試合の日には、その日のフォームを固めてから、本番に臨むのが理想だ。

しかし、思い通りにはいかないことも多い。フォームが固まらないうちに試合に臨むこともある。そんなときは、試合中にも試行錯誤を続ける。結果、さらにフォームを崩すこともある。自身を「スロースターター」と評する山本は、悪循環にはまると、抜け出すのに時間がかかる。

8つを同時に意識できたら、完璧になる

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「8つを同時に意識する能力があれば、自分は完璧になると思います」
 山本はそう語った。

フォームのことを何も意識しなくても、正確に投げられるのが理想だ。が、違和感を感じたりダーツが精度を欠いたりすれば、どこにその原因があるのか、修正点を追求せざるを得ない。

原因が1つであれば、そこだけを意識して投げれば足りる。原因がいくつもあれば、それらをすべて意識して投げなければならない。しかし、ボードに向かうとき、同時に意識できるのはせいぜい2つか3つ。限界がある。意識しなければならないポイントが7つも8つもあれば、どれかが抜ける。当然、精密機械に狂いが生じる。

調子がよいときは意識するポイントが少ない。不調時にはポイントが増える。それでも、もし多くを同時に意識できれば、不調でも正確なダーツが投げられる。つまり、好不調に関わらず、高いパフォーマンスを見せられる。「同時に8つを」というのは、そういう意味なのだ。

精密機械のバックボーンには、自らに妥協を決して許さない、求道者の姿がある。

落とし穴

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試合中、展開を予想する余裕があるのは、フォームが固まっている証拠。そのとき、山本に敵はいなくなる。

山形大会がその典型だった。その日、準決勝までは、3つのポイントを意識して勝ち上がった山本は、ポイントを1つに絞って決勝に臨む。下馬評は浅田有利で一致していたが、
 「みんな斉吾ちゃんが勝つと思ってるでしょうけど、今日は勝ちますよ」
 そう言い残し、笑顔で決勝の舞台に上った。

しかし、1セットアップで迎えた第2セットの最終レグに、とんでもない落とし穴が待っていた。

ZOOM UP LEG

第5戦 山形大会 決勝 第2セット 第3レグ「501」

山本 信博(先攻)   浅田 斉吾(後攻)
1st 2nd 3rd to go   1st 2nd 3rd to go
T20 T20 S20 361 1R T20 T20 T20 321
S5 S20 S20 316 2R S20 S20 S20 261
S20 T20 T20 176 3R S20 S20 S5 216
S20 T20 S5 91 4R S20 T20 T1 133
T17 S20 OB 20 5R S20 S20 T19 36
S10 S5 S1 4 6R OB D18 WIN
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第2セットは、第1、第2レグをそれぞれキープし、フルレッグに。最終レグの501は山本の先攻。初優勝が近づいた。
 第1Rは山本140P、浅田TON80と高得点を打ったが、以降は両者ミスを連発。息詰まる神経戦となった。

山本残り91、浅田133で迎えた第5R。山本は1投目のアレンジでT17を射止め、残り40。勝負は決したかに見えた。が、D20をターゲットとした2投目は下にそれS20。さらに、D10を狙った3投目はアウトボード。掴みかけた初勝利が手から零れ落ちる。山本は首を捻り、右手で鼻の頭をかいた。

しかし、セットカウントをタイにするチャンスを得た浅田も決めきれず、再び山本にチャンスが巡ってきた。

残り20で迎えた第6R。会場に山本の勝ちを疑う者は一人もいなかった。が、チャンピオンシップダーツとなるはずの1投目は、D10のわずかに1ビット内。間を置かずに放った2の矢も、D5の1ビット下にはずれる。残り5はノーチャンス。ブレイクで浅田が神経戦を制し、勝負はファイナルセットに。山本は天を仰いだ。

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「みんな、ここのこと言いますよね」
 山本は苦笑した。
 to go 91Pからの2ラウンド。山本は何を考えてボードに向かっていたのか。

山本が振り返る。最初のT17は気合が入った。狙いはどんぴしゃ。残り40。「勝った」と思った。が、同時に別の展開も頭を過った。
「今日の01は出来過ぎたダーツ。どっかで落とし穴来るやろな。40は多分外すやろな。でも、(浅田の)133は9マークが要る難しい数字。外してもチャンスはある」
 予想通りの展開で迎えた第6R。またしても不吉な予測が脳裏を掠める。「俺のことやから、1投目が内に入ったら、2投目も外すやろな」
 結果は再び山本の予想通り。普通なら緊張の糸が切れてしまう最悪のシナリオ。が、山本に焦りはなかった。「(展開を)いろいろ考えるのは、フォームが固まっている証拠。今日は勝てる」。勝利のイメージが消えることはなかった。



小野が言う「無」とは即ち、集中のことであろう。試合中に対戦相手のダーツが気にかかったり、自分の打ちミスを引き摺ったりするのは、集中できていない証拠。だから、「何も考えない」、無に近い状態が理想だ。
 他方の山本。理想を追い求める”精密機械”にとって、最も大切なのはフォーム。それが固まらなければ、修正点が気になってダーツに集中できない。「あれこれ考える余裕がある」と言うとき、あれこれの中にフォームの要素は入っていない。実は、フォーム以外のことを考えているとき、山本はダーツに集中できている。
 「何も考えない」と「あれこれ考える」。正反対のようで、本質は相似だった。

(つづく)


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○ライター紹介

岩本 宣明(いわもと のあ)

1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。

京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。

著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。