COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg2 山本信博(2)
「余計なことをあれこれ考えているときが、調子がいいんです」
今季優勝2回ランキング4位(9月24日現在)の小野恵太は、「試合中に何も考えない、ターゲットしか目に入らず、無に近い状態」になったとき、その実力を最大限に発揮する。
山本信博の場合はまったく逆だ。試合の展開が頭を駆け巡る、別の言い方をすれば、余計なことをあれこれ考える余裕のあるときが、一番調子のいい状態なのだと言う。
その違いは何か。答えに近づくことができたとき、ダーツの深淵の戸口ぐらいには手が届くのではないか。
ヒントは“精密機械”にあった。
その日の理想のフォームを求める
好調時の山本は打ちミスをしない。癖のない美しいフォームから淡々と放たれるダーツは、緩やかな放物線を描いてターゲットに吸い込まれる。それが山本の真骨頂であり、精密機械と評される所以だ。
その正確さはどこからくるのか。「練習」の一語に尽きる。
山本はイベントなどへの参加も含め、毎日、4、5時間の練習を欠かさない。もちろん、ただ漫然とボードに向かう訳ではい。フォームのチェック。それが黙々とボードに向かう理由だ。
スタンス、バレルの握り、肘の引き方、引き位置、フォロースル―…、チェック項目は数え上げれば切がない。スタンス一つとっても、歩幅だけでなく重心の位置、体重のかけ方、足の裏のどこを意識して体重をのせるのか、親指か中指か、拇趾球辺りか、土踏まずか、踵の方か…。バレルの握りなら、親指を意識するのか人差し指か、親指だとしたら親指のどの辺りに意識を集中させるのか…。
山本の場合、理想のフォームは一つではない。その日のコンディションや感覚によって、微妙に変わるのだという。だから、一番しっくり違和感なく投げられるフォームを求めて、毎日、数限りない点検と試行錯誤を続ける。試合の日には、その日のフォームを固めてから、本番に臨むのが理想だ。
しかし、思い通りにはいかないことも多い。フォームが固まらないうちに試合に臨むこともある。そんなときは、試合中にも試行錯誤を続ける。結果、さらにフォームを崩すこともある。自身を「スロースターター」と評する山本は、悪循環にはまると、抜け出すのに時間がかかる。
8つを同時に意識できたら、完璧になる
「8つを同時に意識する能力があれば、自分は完璧になると思います」
山本はそう語った。
フォームのことを何も意識しなくても、正確に投げられるのが理想だ。が、違和感を感じたりダーツが精度を欠いたりすれば、どこにその原因があるのか、修正点を追求せざるを得ない。
原因が1つであれば、そこだけを意識して投げれば足りる。原因がいくつもあれば、それらをすべて意識して投げなければならない。しかし、ボードに向かうとき、同時に意識できるのはせいぜい2つか3つ。限界がある。意識しなければならないポイントが7つも8つもあれば、どれかが抜ける。当然、精密機械に狂いが生じる。
調子がよいときは意識するポイントが少ない。不調時にはポイントが増える。それでも、もし多くを同時に意識できれば、不調でも正確なダーツが投げられる。つまり、好不調に関わらず、高いパフォーマンスを見せられる。「同時に8つを」というのは、そういう意味なのだ。
精密機械のバックボーンには、自らに妥協を決して許さない、求道者の姿がある。
落とし穴
試合中、展開を予想する余裕があるのは、フォームが固まっている証拠。そのとき、山本に敵はいなくなる。
山形大会がその典型だった。その日、準決勝までは、3つのポイントを意識して勝ち上がった山本は、ポイントを1つに絞って決勝に臨む。下馬評は浅田有利で一致していたが、
「みんな斉吾ちゃんが勝つと思ってるでしょうけど、今日は勝ちますよ」
そう言い残し、笑顔で決勝の舞台に上った。
しかし、1セットアップで迎えた第2セットの最終レグに、とんでもない落とし穴が待っていた。
第5戦 山形大会 決勝 第2セット 第3レグ「501」
山本 信博(先攻) | 浅田 斉吾(後攻) | |||||||
1st | 2nd | 3rd | to go | 1st | 2nd | 3rd | to go | |
T20 | T20 | S20 | 361 | 1R | T20 | T20 | T20 | 321 |
S5 | S20 | S20 | 316 | 2R | S20 | S20 | S20 | 261 |
S20 | T20 | T20 | 176 | 3R | S20 | S20 | S5 | 216 |
S20 | T20 | S5 | 91 | 4R | S20 | T20 | T1 | 133 |
T17 | S20 | OB | 20 | 5R | S20 | S20 | T19 | 36 |
S10 | S5 | S1 | 4 | 6R | OB | D18 | – | WIN |
第2セットは、第1、第2レグをそれぞれキープし、フルレッグに。最終レグの501は山本の先攻。初優勝が近づいた。
第1Rは山本140P、浅田TON80と高得点を打ったが、以降は両者ミスを連発。息詰まる神経戦となった。
山本残り91、浅田133で迎えた第5R。山本は1投目のアレンジでT17を射止め、残り40。勝負は決したかに見えた。が、D20をターゲットとした2投目は下にそれS20。さらに、D10を狙った3投目はアウトボード。掴みかけた初勝利が手から零れ落ちる。山本は首を捻り、右手で鼻の頭をかいた。
しかし、セットカウントをタイにするチャンスを得た浅田も決めきれず、再び山本にチャンスが巡ってきた。
残り20で迎えた第6R。会場に山本の勝ちを疑う者は一人もいなかった。が、チャンピオンシップダーツとなるはずの1投目は、D10のわずかに1ビット内。間を置かずに放った2の矢も、D5の1ビット下にはずれる。残り5はノーチャンス。ブレイクで浅田が神経戦を制し、勝負はファイナルセットに。山本は天を仰いだ。
「みんな、ここのこと言いますよね」
山本は苦笑した。
to go 91Pからの2ラウンド。山本は何を考えてボードに向かっていたのか。
山本が振り返る。最初のT17は気合が入った。狙いはどんぴしゃ。残り40。「勝った」と思った。が、同時に別の展開も頭を過った。
「今日の01は出来過ぎたダーツ。どっかで落とし穴来るやろな。40は多分外すやろな。でも、(浅田の)133は9マークが要る難しい数字。外してもチャンスはある」
予想通りの展開で迎えた第6R。またしても不吉な予測が脳裏を掠める。「俺のことやから、1投目が内に入ったら、2投目も外すやろな」
結果は再び山本の予想通り。普通なら緊張の糸が切れてしまう最悪のシナリオ。が、山本に焦りはなかった。「(展開を)いろいろ考えるのは、フォームが固まっている証拠。今日は勝てる」。勝利のイメージが消えることはなかった。
小野が言う「無」とは即ち、集中のことであろう。試合中に対戦相手のダーツが気にかかったり、自分の打ちミスを引き摺ったりするのは、集中できていない証拠。だから、「何も考えない」、無に近い状態が理想だ。
他方の山本。理想を追い求める”精密機械”にとって、最も大切なのはフォーム。それが固まらなければ、修正点が気になってダーツに集中できない。「あれこれ考える余裕がある」と言うとき、あれこれの中にフォームの要素は入っていない。実は、フォーム以外のことを考えているとき、山本はダーツに集中できている。
「何も考えない」と「あれこれ考える」。正反対のようで、本質は相似だった。
(つづく)
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○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。