COUNT UP!

COUNT UP! ―― PERFECTに挑む、プロダーツプレイヤー列伝。
―― PERFECTに参戦するプロダーツプレーヤーは約1,700人。
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
2013年9月30日 更新(連載第7回)
Leg2
茨の道を歩み始めた一人の野武士 あまりにも険しい試練!
山本信博

Leg2 山本信博(3)
「ぼくだけだと思うんですけど、劇的に上手くなったんですよ」

COUNT UP!

初めてダーツに触れたのは2006年、28歳の夏だった。地盤改良の仕事で全国の現場を転々とする生活。1年の大半は出張で、同じ現場に1~2カ月、大きな仕事だと滞在が半年に及ぶこともある。

朝は早いが夕暮れどきに仕事は終わる。地方都市では遊びも限られ、夜にすることがない。毎日、飲みに出かけるほど左党でもなかった。

その夏は青森にいた。夜が早い街。長い夜を持て余していたとき、一緒に現場を回る同じ歳の義兄に誘われた。それがダーツとの出会い。遅い出発だった。

凝り性の“完璧主義”

COUNT UP!

鍛え上げられた筋肉質の体躯に顎鬚。試合場では他を寄せ付けない鋭い眼光を放つ。その野武士のような風貌からは想像もつかない、とても繊細なハートの持ち主は、自らを「凝り性」と自己分析する。理想のフォームを求め、チェックポイントが数えきれないほどあることが、その性格を物語る。

北九州の小倉で生まれ育った。工業高校に通った学生時代を「目標がなくて困っていた」と振り返る。が、密度の濃い時間も過ごしていた。何かに夢中になると、とことん没頭する。テレビゲームに心を奪われたときは、そのソフトが完全制覇できるまで、他のことには目もくれなかった。ステージのクリアを重ねるだけではなく、ゲームのすべての構造を理解するまで極める徹底的ぶりだった。

仕事を始めて最初に夢中になったゴルフもそうだ。自分にあった道具やフォームをとことん追求する。クラブ、ボール、靴…、何度もショップを巡り、試打を繰り返す。お手本には自分と身長が同じで体格が似通った選手を選び、教則本やビデオで研究する。

「完璧主義っちゅうんですかね。なんでも、とことんやらんと気が済まんというか」
 テレビゲームやゴルフでは実を結ばなかったが、そこで磨かれた”凝り性”の資質は、ダーツで花を咲かせる。

“奇跡”のジャンプアップ

COUNT UP!

06年9月。青森の次に向かった仙台には、ダーツショップがあった。バレルやフライトも揃っている。そこで、コンピュータネットワークを利用したレーティングのシステムがあることを知った。「はまった」。

ショップの店員に勝てないのが悔しい。が、習うのは好きじゃない。教則本や雑誌、DVDを買い漁り、自分にあったダーツを追い求めた。

秋には、当時発売されたばかりだったテレビダーツを購入し、奈良の自宅や滞在先のホテルの部屋で投げまくる。ボードをテレビに繋ぐと、音が出て画面に得点が表示される。年末に、最初の目標だったAフライトに昇進した。01なら1ラウンド平均約80P、クリケットなら3マークほどの水準だ。

08年、ダーツを始めて2年弱。山本は壁に突き当たり苦しんでいた。当時のフェニックスのレーティングは16が最高。13を超えると3Aとなる。12までは順調に腕を上げたが、その先に進めない。アマチュアやオープンの大会に出てもなかなか勝てない。もどかしい日々が続く。

その山本に転機が訪れる。
 5月、岐阜で開催されたトーナメントの会場の、バレルメーカーの物販ブースで、浅野眞弥と出会った。浅野はソフトダーツの草創期を支えた大ベテラン。と言っても、その時の山本は、浅野が誰かを知らない。

ストレートのバレルを使っていた山本は、もっと自分にあったバレルを探していた。ブースで熱心に試投する山本に、浅野が声をかける。
「君、うまいね」
「ぼく、バレルがよくわからないんです」

COUNT UP!

立ち話をしながら、様々なバレルを試した。山本の素質を見抜いた浅野は、フォームを注意深く観察し、トルピード型が一番合っていると勧める。さらに、グリップ(バレルを握る位置)を少し上にずらした方がよいと助言した。

この短い出会いが、山本のダーツを劇的に変えた。

出会いから1週間余。山本は超えられなかった壁を、いとも容易く飛び越える。レーティングは一気に15まで上がった。短期間にこれだけのジャンプアップは、奇跡に近い。

「バレル変えてグリップ変えて、それからフォームも変えていくんですけど、凄く、伸びました。あの1週間が1番濃い時間やったかも知れないですね」
 ――そんなに短期間で急に上達するものなのですか?
「したんですね。多分、ぼくだけやと思うんですけど、劇的に上手くなったんですよ」

そして、2ヶ月後、ダーツを始めて2年目の夏。人生を変える大チャンスが巡ってくる。

(つづく)


記事一覧
→ COUNT UP! トップページ
○ライター紹介

岩本 宣明(いわもと のあ)

1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。

京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。

著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。