COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg14 知野真澄(6)
「ちゃんと喜んでおけばよかったかな」
九龍湾国際貿易展示場ケイテックホール、2015年4月12日。知野真澄は香港で戦い場に立っていた。第11回ADA(アジアダーツ協会)国際ダーツツアー香港、スーパーワン決勝の大舞台である。
ADA国際ダーツツアーは、アジアを中心に欧米を含め約20カ国から、3000人近くの競技者が集って団体戦と個人戦を戦うソフトダーツの祭典であり、世界最高峰の大会の一つ。スーパーワンは男子シングルスの王者を決めるトーナメントで、各国最強の代表一人が国の威信をかけて戦う。日本からはPERFECTの年間王者が派遣されるのが恒例だ。日本人選手の成績は13年の山田勇樹の3位が最高。14年季PERFECTの年間王者として参戦した知野が勝てば、日本人初の快挙となる。
日本人初の快挙
決勝の対戦相手はフィリピンのローレンス・イラガン。ハードダーツのPDC世界選手権にフィリピン代表として出場し、香港オープン、フィリピン国際などの国際大会を制したキャリアのある強者だった。
ファットブル701の3レグ先取マッチで行われたファイナルは、手に汗握る大激戦となった。先攻のレグを互いにキープし、レグカウント1-1で迎えた第3レグに、まず知野が魅せる。第4Rまで4連続のハットトリックのあとの第5R、残り101ポイントの1投目をトリプル17にアレンジ、2投目をブルに沈める完璧なダーツでブレイクした。
スーパーワンはファーストレグとファイナルレグがコーク、第2~4レグは前レグの敗者が先攻のルール。第4レグでは、先攻のイラガンが第1Rから第5Rの1投目までブルを並べ、残り51ポイントで2投目をシングル1、3投目をブルに入れキープ。知野に強烈なお返しを見舞い、ファイナルはフルレグに雪崩込んだ。
最終レグ。両雄はコークで会場を沸かせる。コークは1度で決着がつかずアゲイン。が、2度目でも決着がつかない。結局、「フルレグは必然と思っていたので、コークの時、この日一番の集中ができた」と言う知野が3本目で先攻を捥ぎ取った。
The 11th ADA International Darts Tour
Superone 決勝戦 第5レグ「701」
知野 真澄(先攻) | ローレンス・イラガン(後攻) | |||||||
1st | 2nd | 3rd | to go | 1st | 2nd | 3rd | to go | |
B | B | B | 551 | 1R | B | B | B | 551 |
B | B | 7 | 444 | 2R | B | B | B | 401 |
B | B | B | 294 | 3R | B | B | 5 | 296 |
B | 8 | B | 186 | 4R | 17 | T20 | T20 | 159 |
B | B | B | 36 | 5R | 20 | 20 | B | 69 |
D18 | – | – | WIN | 6R | – | – | – | – |
第1Rは両者ハットトリックで決戦の火蓋を切る。第2R。先攻の知野は3本目を外しシングル7。一方のイラガンは、フェニックスアイ(3本連続のインナーブル)を 決めガッツボーズ。早くもボルテージが上がり、会場は熱気を帯びた。
第3R。会場の興奮が冷めやらぬうちに知野がフェニックスアイを打ち返すと、会 場がどよめく。イラガンの3投目はシングル5に外れ、残り知野294対イラガン296。 両者一歩も引かぬ展開に、緊張が走った。
第4R。知野は2本目をシングル8に外すと、スローラインから離れ、2度、3度と素振りを繰り返し、呼吸を整えた。3投目はブルに収めたが、残り186で次のラウンドに上がり目を残せない。対するイラガンは1投目をシングル17に外した後、勝負に出る。2投目、3投目をトリプル20に捩じ込み、残り159。次ラウンドに上がり目を残し、力強いガッツポーズと同時に、大声をあげた。
第5R。「負けを覚悟した」知野だったが、「ワンチャンスが回ってきたら絶対に決める」と気持ちを切り替えた。集中を持続し冷静にハットトリックを決め、残り36。イラガンは1投目をシングルゾーンに外すと、2投目もシングル20。3投目のブルで残り69。知野の祈りが届いたのか、チャンピオンシップダーツが巡って来た。
1投目のチャンピオンシップダーツがダブル18に吸い込まれた瞬間、知野は両腕を広げて喜びを表し、イラガン選手と抱き合って、健闘を称え合った。観客はスタンディングオベーションで、両雄の激闘を称賛した。惜しみない拍手を送る観客席の中には、山田勇樹、浅田斉吾の姿もあった。
日本人初の快挙を成し遂げた知野は振り返って言う。「改めて思い返すと、試合に夢中になっていて、代表であることや、日本人初優勝のことは、頭から離れていたと思います。ですが、それほど夢中になれたからこそ優勝できたのだと思います」
目の前のダーツ以外のことは頭から飛んでしまうほどの集中力と、ミスショットの後の切り替えの早さが、土壇場で勝利の女神を微笑ませた。
切り替え
PERFECT移籍後1年半の低迷を経て、昨年、年間王者、最優秀PPD、最優秀MPRの3冠に輝いた知野は、日本選手初のADAスーパーワンのタイトルも獲得し、第一人者の名を恣にした。「日本で一番ダーツが上手い人」として、テレビの地上波のバラエティ番組にも出演するほど、知名度も上がった。
飛躍の秘密はどこにあったのか。問うと、知野は間髪を入れずに「切り替え」と答えた。
年間王者を決めた14年第16戦熊本大会の決勝。勝利の瞬間、知野は右拳を高々と掲げ、喜びを表した。が、これは、咄嗟に出た喜びの表現ではない。用意されたものだった。
知野は、勝っても負けても、ほとんど感情を表に出さない。優勝を決めてもガッツボーズや雄叫びで喜びを表現することはほとんどない。試合中の緊迫した場面で局面を打開するようなダーツを打っても淡々としている。熊本は「特別」で、「普段からあまりやらないので、ここを逃してしまったら、ガッツポーズもパフォーマンスもするとこないなと思って、心してやった」パフォーマンスだった。
「落ち込む時間は無意味」
もちろん、理由があってのことだ。それが「切り替え」なのだという。もともと、楽観的で明るく前向きな性格で、結果に拘泥するタイプではない。負けても荒れたりくよくよ落ち込んだりすることは少ない。が、移籍後、結果を出せなかった1年半の間には、さすがに気分が沈むことも少なくなかった。その繰り返しの中で、知野は天性を発揮する。「くよくよしていても仕方がない。そんな時間は無意味だ。そんな時間があったら、気持ちを切り替えて、練習した方がよほど生産的だ」。そう考えるようになった。
「辛かった時期はあったんですけど、終わってみれば、いい勉強になったと思います。そのお蔭で、勝ちきれないときにも、落ち込むことはなくなりました。落ち込むことも時には必要だと思いますが、過ぎてもいけないし、逆に、強敵に勝ったり優勝したりして有頂天になり過ぎてもいけない。トータルに見て、何が一番良いのか。それを考えるようになって、自然と身についたのが『切り替え』でした」
切り替えは、「短ければ短いほど強い」と、知野は言う。ダーツなら、1日であったり、1ゲーム、1セット、1レグ、1ラウンド…。それが1本になるのが理想だ。が、そこまでは上手くいかない。負けた試合の後は、動画で敗因を分析する。が、技術的なことは分析しない。技術を疑うと自信が陰り悪循環に陥る。技術は練習で日々確認する。試合後の分析はメンタル面のみで、どこで切り替えられなかったかを確認して、後は忘れる。それが、知野流だ。
熊本で年間王者を決めた瞬間も、体で喜びを表しても、頭の中では別のことを考えていた。「あと2試合ある。浮かれていてはいけない」と。振り返って知野は笑う。 「でも、あそこはもっと、ちゃんと喜んでおけばよかったと、後で思ったんですけど」
打倒知野
史上初の3冠に日本人初のADAスーパーワン優勝の勲章を胸に迎えた15年は、新王者にとっては厳しいシーズンとなった。最終戦を残し年間ランキングは3位。16戦を終え11勝と驚天動地の快進撃を続けた浅田斉吾が独走し、2位には今季2勝の前王者・山田勇樹。知野は開幕の1勝にとどまっている。
調子が悪かった訳ではない。変わったのは周りの選手だった。好調を持続するだけではなく、更に上げていくことの難しさを知ったと言う王者は、「自分は何も変化していなくても、周りが進化していくことを」思い知らされた。14年シーズン、「圧倒」を目標に掲げながら、知野にそれを許した浅田は、知野が昨季作った大会4連勝の記録を塗り替え、第10戦から5連勝。01のPPDランキングでも、クリケットのMPRランキングでもトップを独走し、3冠の可能性は極めて高い。昨年の年間表彰式で、冗談交じりに「(知野は)マジ強かった。ほんまに。嫌い」と語っていた浅田が、打倒知野の燃えるような思いを笑顔で隠していたことは想像に難くない。PERFECTとは、そのような場所である。
「60歳までトップ選手に」
取材の最後に、どの選手にも聞いてきたことを訊いた。ダーツの魅力、プレイスタイルの拘り、理想のダーツ、これからの目標、ダーツとはなにか。どの質問にも、ダーツに限らず、他のスポーツ選手からはあまり聞かれない、知野流の答えが返って来た。
――ダーツの魅力は?
体格や体力が関係ないところですかね。どんなスポーツでも基礎体力とか筋力とかパワーとか、そういうところに差があると勝てませんけど、ダーツだったらそれができることです。筋力や体力がなくても勝てることは僕が証明していますから。
――プレイスタイルへの拘りは?
感情を表に出さないことです。ポーカーフェイスは、自然にそうなっていることも多いのですが、感情が出てきそうになったときは、意識的にそういう風に見せようとしています。
――理想のダーツは?
完璧なダーツです。ゼロワンだったら9ダーツ。クリケットだったら全ラウンド9マークでMPR8点以上のような、そんなダーツです。ミスしないのが理想で、ミスした時はしっかりとしたカバー。それを続けるのは本当に難しいことなので。お客さんに感動?それはあまり考えません。完璧を求めて、結果、喜んでもらえるダーツができればいいと思っています。
――ダーツとは?
生活の一部というか、自分そのものですかね。
――将来の目標は?
60歳までトップ選手としてトーナメントに出場し続けることです。K-PONさん(佐藤敬治)と同じ歳になるまでは、絶対に続けたいと思っているんです。体を作らないと無理かな。
「見る人に感動を与えたい」「世界のトップに」「心技体」…、スポーツ競技者が異口同音に唱えるお題目は、知野の口からは出てこない。それが知野のしなやかさの秘密であり、「みんなの知野君」の掛替えのない魅力の源泉である。
(終わり)
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- 山本信博(3)「ぼくだけだと思うんですけど、劇的に上手くなったんですよ」
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- 山本信博(1)「プレッシャーはない。不振の原因は練習不足」
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- 小野恵太(3)「プロなんて考えたことありませんでした。運がよかったんです」
- 小野恵太(2)「こんなに悔しい思いをするんなら、もっと上手くなりたいと思ったんです」
- 小野恵太(1)「試合に負けて、あんなに泣いたのは、初めてでした」
○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。