COUNT UP!

COUNT UP! ―― PERFECTに挑む、プロダーツプレイヤー列伝。
―― PERFECTに参戦するプロダーツプレーヤーは約1,700人。
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
2016年9月15日 更新(連載第81回)
Leg16
いつも夢見ていたPOLAR STAR。いつか届く、いつか伝わる。
北が南を溶かす、この情熱の熱情を。
髙木静加

Leg16 髙木静加(3)
亀の歩み

髙木静加の勢いが止まらない。7月の第11戦京都大会優勝のあと、8月の第12戦横浜でベスト4、第13戦広島で今季5勝目を上げた。9月の第14戦石川大会こそベスト8で敗退したが、年間女王レースでは断トツの1位。追う大城明香利、大内麻由美に100ポイント近くの差をつけ、新女王誕生も現実味を帯びてきた。

期待を遥かに超える活躍

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楽屋話で恐縮だが、COUNT UP!で髙木を連載するには懸念もあった。これまで紹介してきた選手たちの大半は、年間優勝を争うPERFECTのスター選手ばかり。それに比して、髙木は2015年シーズンに急成長を遂げていたものの、優勝経験もない新鋭だった。もし、16年季に髙木が期待通りに活躍してくれなかったら、感動のシーンの少ない、なんとも締まらない連載になるのではないか、というのがその懸念だった。

結局、「一度優勝したら、止まらなくなりそう」という大城の眼力を信じ、祈るような気持ちで人選を決定したのだが、今季の髙木の活躍は、連載開始当初の祈りを込めた期待を遥かに超えている。

ちっとも上手くならなかった

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昨季、PERFECT男子で圧勝し、今年も連覇に向け独走する浅田斉吾は、ダーツを始めて1カ月でAフライトに達し、3カ月でトッププレイヤーのレベルに達している。これまで取材を重ねてきた他のプレイヤー達にも、ダーツの魅力に憑りつかれ、寝食を忘れるように没頭して、短期間で周囲が目を瞠るほどの長足の上達を遂げたと振り返る人が多かった。勢い、ダーツと出会ってからトッププレイヤーに仲間入りするまでの物語は、似たような話になる。書き手としては辛いところだが、致し方ないことだと思っていた。

が、髙木は随分違う。出会ったその日にダーツに憑りつかれ、翌日から毎晩のように夜を徹して投げ捲る生活を半年ほど続けたところまでは同じだが、その後が違った。髙木は毎晩投げても、ちっとも上手くならなかった。

上達しないものだから、嫌になってやめてしまう。しばらく時間を置いて、また始める。一旦始めたら、またほぼ毎日、朝方まで投げ続ける。そんな生活を2年以上繰り返した。その間、髙木は美容・理容学校を卒業し、札幌の美容院でアシスタントとして働き始めている。仕事が終わるとご飯を食べて漫画喫茶に直行し、朝方2時間ほど寝て職場へ。正気の沙汰とは思えないような生活を続けた。が、やはり、上手くはならない。髙木のダーツ人生は、亀のようなゆっくりした歩みで始まった。

札幌でダーツバーを開く

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2010年の年末、髙木は仕事を辞めて、大阪に転居した。ダーツを教えてくれた男性が、仕事の都合で故郷に帰るのを追った。結婚が前提だった。翌年2月、約束通り結婚し、洋品店で働きながら新婚生活を過ごした。ダーツ熱は冷めていた。

ところが、転機が訪れる。夫は店を持つのが夢だった。そして、結婚した翌年の8月、夫はその夢を実現する。選んだのはダーツバー。場所は二人が出会った札幌。学生時代からの知り合いが多かったことと、開店について相談した義母が、占い師に「北が吉」と言われたのが理由だった。

夫と二人ダーツバーを切り盛りするには、やはりダーツが上手いに越したことはない。髙木は再び、猛練習を始めた。それでも、すぐに上手くなった訳ではない。当時のレーティングは9か10程度で、ダブルBフライト。それでも、ダーツの上手い常連たちとの対戦で鍛えられ、少しずつ腕を上げていった。

店のためにプロになる

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2012年、夫がPERFECTのプロテストに合格した。プロの看板はダーツバーの集客に力を発揮する。翌年、髙木もプロテスト挑戦を勧められた。レーティングは13前後まで上がっていた。実力通りの力を発揮すれば合格できるレベルだった。

が、躊躇があった。本音を言うと、プロにはなりたくなかった。高校進学のとき、バレーボールから逃げた記憶が頭を過る。プロになったら、周りから期待される。期待を裏切りたくない。失敗したくない。本気になるのが怖かった。

が、店がある。産声をあげたばかりのお店のためになることなら、なんでもしなければと思った。夫妻でプロの資格があれば話題にもなるし、人も集まる。お客さんにも、プロとして教えることができる。迷っている場合ではなかった。

「お店のためにプロになろう」
 決意した。気持ちが固まると、意識が変わった。もう逃げない。プロテストを機に、亀は兎に生まれ変わる。

(つづく)


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○ライター紹介

岩本 宣明(いわもと のあ)

1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。

京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。

著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。