COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg2 山本信博(4)
「ダーツはトップが近い、と思ったんです」
日本で最初のソフトダーツのプロツアー「PERFECT」が開幕したのは2007年のこと。今年で満6歳。プロソフトダーツの歴史は浅い。
たとえばプロ野球ならば、選手の大半は高校野球や大学野球などアマチュアで実績を残し、ドラフト指名を受けてプロの選手になる。が、ダーツには他のプロスポーツのように、競技で生計を立てる文字通りのプロになるための、確立されたレールがある訳ではない。
ツアーに全戦参戦する有力プロ選手は、スポンサーや所属事務所からの経済的な援助を受けている。換言すれば、選手はスポンサーや事務所の支援を受け生活の基盤を確立できて初めて、文字通りのプロとなる。
スポンサーに認められ契約を勝ち取るには、結果を残すことだが、仕事を持ちながら、全国各地を転戦するツアーに自腹で参加し続けるのは難しい。しかし、結果とはツアーで安定した力を発揮し、ランキング上位に食い込むことだけではない。有力選手を薙倒し、プレイヤーとしてのタレントを強烈に印象づけることも、その一つと言える。
安定した力か強烈な印象か、それらができるか否かに、プロに飛躍するための分点がある。
皇帝 vs 無名のアマ
浅野眞弥と出会い、”奇跡”のジャンプアップを果たした5月から4カ月。まだ、プロ資格テストも受けていなかった山本にビッグチャンスが訪れる。と言っても、それは後に振り返ってみれば、と言うことであり、このときの山本は、それをビッグチャンスとは知らない。
2008年9月、山本はフェニックス主催のオープントーナメント「Revolution」に参加した。サッカーにたとえれば、PERFECTがJリーグならば、Revolutionはプロアマオープンで日本一を決める天皇杯のような大会。それまで、大会でなかなか結果を残せなかった山本は、地区予選、近畿予選を突破し、福岡で開催された西日本予選に駒を進める。1回戦(ベスト8)に待っていたのは、星野光正との対戦だった。
当時の星野は、前年開幕のPERFECTの初代年間チャンピオンで、この年もランキング1位を独走する絶対王者。その圧倒的な強さから”皇帝”と呼ばれ、全国津々浦々のダーツバーには、星野のポスターが飾られていた。
Revolutionの決勝大会はDVDとして販売されることが決まっていた。東西日本予選のベスト4、計8人が決勝トーナメントを戦う。主役は星野。事情通の間では、皇帝の戦いぶりをDVDにすることが大会の目的とさえ言われていた。
大金星
その西日本予選で大番狂わせが起きる。まったくの無名だった山本が、レグカウント2-1で、まさかの大金星。主役の予選敗退に、30人ほどが見守った会場のダーツバーが凍りついた。
「そりゃ、そうですよ。俺みたいな(誰も知らないような)奴が、スーパースターに勝ってしまったんですから。運営側にしても、ふざけんな、誰やねん、って」
当時を振り返って山本は笑う。が、衝撃を受けたのは、居合わせた大会関係者だけではなかった。「星野敗れる」のニュースは全国のダーツファンの間を駆け巡った。と同時に、皇帝を倒し決勝大会出場を決めた山本の雄姿も、フェニックスのマシーンを介して全国に配信され、その名は関係者の知るところとなった。浅野との出会いを機にゆっくりと回り始めた山本のダーツ人生の車輪が、止まるのを忘れる。
星野との一戦が人生を変えた
今では「みっちゃん」と呼ぶ星野との初対戦を語る山本は、感慨深げだった。
「これで、俺のダーツ変わったと思うんですよ。自信がついたっていうか。あの星野に勝ったというのが、その後の支えになりました」
決勝大会を前にした11月。出張先で立ち寄った兵庫県豊岡市のダーツバーで、初対面のオーナーから声を掛けられた。決勝出場者の写真を見て山本を知っていた店主からの、2カ月前までは「プロになることなど考えたこともなかった」アマチュア選手への、スポンサー契約のオファーだった。
12月の決勝大会では惨敗したものの、翌年、山本はオーナーの勧めでプロ資格を得、5月の福岡大会にプロとして初めてPERFECTに参戦。4強入りで鮮烈にデビュー戦を飾り、プロダーツプレイヤーとしての第一歩を踏み出す。
「ゴルフをやってたときは、プロは遠い存在で、憧れしかなかったですけど、ダーツはトップが近いと思いましたね。ひょっとしたら自分も、って」
星野との対戦は、山本のダーツだけではなく、その人生そのものを変えた。
(つづく)
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○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。