COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg2 山本信博(6)
「結局、練習しかないと思っているんです」
2013年シーズン開幕当初の山本の不調について、盟友の浅田斉吾の興味深い分析がある。
山本は良く言えばダーツに真面目、悪く言うと考えすぎるところがある。だから、朝一番の試合や、試合の第1投目が調子が良いと、そのまま波に乗るが、少しでも違和感を感じると、修正ポイントを考え始めてしまい悪循環に陥る。
特に今年は、仕事をやめてダーツ一本になって初めての年だから、考える時間が増えてしまい、それが悪く作用しているのではないかーー。
「ダーツ1本の決意」
12年末、山本はさらなる決断を下す。20年近く従事してきた仕事の廃業。そして、プロダーツプレイヤーとしての一本立ち。周囲は「相当な決意」と驚いたが、山本は平然としていた。
「周りの人がいうほど、たいしたことやないんですよ。会社辞めたとかじゃなくて、もともと、一人で仕事しとったんですから、ダーツも一緒なんです。去年1年やってみて、スポンサー契約やら事務所との契約、ランキングのボーナスとかみて、やってみようと思ったんです。去年の賞金で今年のツアーの参加費は確保できとるし、今まで断っとったイベント出演なんかも入れて、ダーツだけでどれくらい稼げるんかやってみたかったんです。それに、俺がやっとったのはすごく特殊な仕事なんで、資格もあるし経験もあるから、いつでも戻れるんやとも思ってるんで、だから、全然、追い詰められてないですよ」
3戦連続2回戦敗退
重圧もない。悲壮でもない。自分ではそう思って迎えた13年シーズン。だが、思いもよらぬ試練が待ち構えていた。
開幕から3戦連続で2回戦敗退。練習不足もあって、思うようなダーツができない。
「やはり重圧に負けているのでは」。山本の思いを他所に様々な憶測が飛び交った。雑音を封じるには結果を残すしかない。
第5戦山形大会決勝第3セット第2レグ。そのチャンスが巡ってきた。
第5戦 山形大会 決勝 第3セット 第2レグ「クリケット」
山本 信博(先攻) | 浅田 斉吾(後攻) | |||||||
1st | 2nd | 3rd | to go | 1st | 2nd | 3rd | to go | |
T20○ | S20 | S20 | 40 | 1R | S19 | T19○ | S19 | 38 |
T19● | T20 | S18 | 100 | 2R | T17○ | T17 | T17 | 140 |
× | S20 | T20 | 180 | 3R | T17 | S20 | × | 191 |
S20 | S17 | T20 | 260 | 4R | T17 | S17 | D20 | 259 |
T18○ | T17● | S18 | 296 | 5R | S16 | T16○ | T16 | 323 |
T18 | S16 | T18 | 404 | 6R | S16 | S16 | S16 | 371 |
T16● | T15○ | IBL | 404 | 7R | × | × | IBL | 371 |
OBL WIN |
– | – | 404 | 8R | – | – | – | – |
第3セット第1レグをブレイクし、第2セットのまさかの逆転を帳消しにした山本の先攻。三度、優勝の二文字が近づいた。
第1Rはともに5マークのスタート。第2Rは山本が浅田の19をカット、浅田は17の9マークでポイントをリードした。
第3、第4Rは両者精度を欠きながらプッシュの応酬。第5Rで山本は再び浅田の17をカット。浅田はカットにいかずプッシュを続けた。
勝負処の第6R。山本はT18で得点を伸ばしたあと、浅田の16をカットにいき失敗(シングル)。3投目は再びT18で得点を稼いだ。ポイントでリードを許した浅田は、再逆転を狙ったが痛恨の3マーク。山本が優位に立った。
第7R。1投目で浅田の16をカットした山本は、2投目に勝負に出る。プッシュに行かず、15を1投でオープン。さらに3投目をインブルに突き刺し、大勢を決した。
求道者ゆえの苦悩
今季初勝利後の6月、山本に話を聞いた。「久しぶりだったので、素直にうれしかった」と、優勝直後のインタビューと同じ言葉で、ほっとした表情を見せた。
「重圧」について問うと、重ねて否定した。が、環境の変化による影響は否定しなかった。
山本はその日最高のフォームを固めて試合に臨む。そのために、数多のチェックを行い、修正ポイントを探す。が、毎日毎回同じことを繰り返している訳ではない。試合に向け、徐々に調子を上げていく。例えば、試合の10日前に修正ポイントが6つも7つもあっても、試合が近づくにつれ少しずつ減らしていく。試合当日に、修正点が1つか2つになっていれば、調整がうまくいったということになる。
仕事をしながらツアーに参加していた昨年は、試合前の練習もままならなかった。だから、時間に余裕ができた今季は楽になり、調整はスムーズに行くと思っていた。が、勝手が違った。
「去年までは、(次の大会まで)時間があけばあくだけしっかり調整できたんですよ。ところが、今年は、時間があけばあくほど、プレッシャーが上がってきよったんですよ。その感覚の違いに、最初は戸惑いました」
時間があればある程、課題が見つかり、悩みが増える。ひたむきにダーツに取り組む求道者ゆえの苦悩。山形の決勝を戦った盟友・浅田の観察眼は、山本不調の遠因を見抜いていた。
「誰が見ても日本で1番うまい選手」
29歳で初めてダーツに触れ、32歳でプロデビュー、34歳でPERFECTのトッププレイヤーに登り詰めた遅咲きの求道者、山本信博には胸に秘めた目標がある。
「世界」がそれだ。
いずれは、ハードダーツで世界を舞台に戦いたい。そのために、ソフトでもハードでも、「誰が見てもあいつが日本で一番うまい。あいつが日本代表になって当然」という選手になりたい。
――そのためにやるべきことは?
問うと答えは単純明快だった。
「相手に勝つというより、自分のダーツをやりきる。そのためには、練習しかありません」
練習すれば納得できる。納得できれば自信が持てる。自信があれば試合で緊張しない。山本ほどの選手でも、試合では震え上がる場面があるという。が、練習に裏打ちされた自信があれば、その震えも心地いい。
「結局、俺は練習しかないと思っとるんですよ」
求道者はどこまでも一途だった。
(Leg2 山本信博 / おわり)
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○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。