COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg3 浅野眞弥・ゆかり(4)
生きる伝説
D-CROWNがスタートした2007年の7月。浅野眞弥とゆかりは、ハワイの教会で生涯の愛を誓い合った。新郎46歳、新婦39歳。出会いから実に20年。周囲をやきもきさせたダーツ界の鴛鴦夫婦の誕生だった。
交際のきっかけやプロポーズの言葉を訊ねても、「なんか自然と」「なんとなく結婚しようと…」と、取り付く島もない。
が、2人は強い信頼関係で結ばれている。夫妻と長年切磋琢磨してきたベテランの一宮弘人は「浅野眞さんはゆかりさんにべた惚れ」と笑う。ゆかりも眞弥へのリスペクトを隠さない。プロフィールには、ライバルは「浅野眞弥」と記している。
女王対決で完勝
浅野夫妻の結婚から5年目の2011年12月18日。千葉・幕張メッセの展示ホールは、熱気に包まれていた。
この日、ダーツファンが夢見たドリームマッチ、PERFECTとD-CROWNの最初で最後となる団体対抗戦が開催された。
決戦の舞台に立ったのは、両団体男女年間総合ランクのトップ4。PERFECTからは星野光正、山田勇樹、江口祐司、松本恵、山本麻衣らが、D-CROWNは、知野真澄、安食賢一、大内麻由美らが名を連ねた。この年、レディースD-CROWNの年間女王となったゆかりは、レディースのエース、そして、浅野眞弥はチームを束ねる総監督のような役割を果たした。
下馬評は、男子がD-CROWN、女子はPERFECT。が、結果は予想を裏切った。男子ダブルスは1勝1敗。同シングルスはPERFECTの4連勝。他方、ダブルス2試合、シングルス3試合を戦った女子はD-CROWNが5連勝で圧倒した。
ゆかりは、3レグマッチのダブルスとシングルスで2度松本恵と対戦し、1レグも落とさず完勝。ファンが注視した女王対決で、松本を完膚なきまでに打ちのめした。
PERFECTの女王が「最も尊敬する人物」
PERFECTを4連覇中の松本恵は、ゆかりを評し「最も尊敬する人物」と、最大限の敬意を払う。
「ゆかりさんがいたからこそ、今のダーツ界があると思います。チャーミングで誰にも優しくてスマートな振る舞い。私もゆかりさんのようになりたい」
が、その一方で、女王対決と言われることを強く意識し、対抗心を隠さない。
「対抗戦ではPERFECTの意地を見せたかったのに、負けちゃいました。だからこそ、(ゆかりさんが移籍してきたとき)絶対に負けたくないと思いました」
プライドを傷つけられた松本が、牙を研いで待ち構えている。2012年、D-CROWNの消滅によりゆかりが飛び込んだ新天地は、修羅の場だった。
輝きを取り戻した女王
PERFECT移籍後のゆかりは、精彩を欠いた。12年シーズンは、優勝はおろか決勝にも進めない。表彰台はベスト4の1度だけで、予選落ちの屈辱まで味わった。対抗戦のリベンジに燃える松本にも完敗。ゆかりもまた女王のプライドを傷つけられた。
迎えた13年シーズン。再び、ゆかりは女王の輝きを取り戻すことができるのか。周囲の雑音が大きくなりかけた第3戦北九州大会で、そのときがやってきた。
第3戦 北九州大会 決勝 第4レグ「701」
大城 明香利(先攻) | 浅野 ゆかり(後攻) | |||||||
1st | 2nd | 3rd | to go | 1st | 2nd | 3rd | to go | |
B | S9 | B | 592 | 1R | B | S16 | S2 | 633 |
S8 | B | B | 484 | 2R | B | B | B | 483 |
B | S16 | S8 | 410 | 3R | B | B | S19 | 364 |
B | B | B | 260 | 4R | S17 | B | B | 247 |
S8 | S18 | T20 | 174 | 5R | S9 | S3 | B | 185 |
S20 | S18 | S6 | 130 | 6R | B | B | S15 | 70 |
T5 | B | S15 | 50 | 7R | S20 | S13 | T5 | 22 |
S1 | D19 | S1 | 10 | 8R | D11 | – | – | WIN |
浅野の2-1で迎えた第4レグは、振り返って浅野眞弥が「へくり合い」と評した、胆力戦となった。
ゲームは大城の先攻。第2Rに浅野が、第4Rに大城がハットトリックを打ち、to go 大城260、浅野247の僅差で迎えた第5R。浅野に2レグを奪われ後のない大城は、ブルを2本外すと3投目に勝負に出てT20にダーツをねじ込む。他方、浅野も2本はずしたが、平然とブルを攻め続けた。
第6R。大城は果敢にT20を狙うが3本外し、to go 130。3投目をミスした瞬間、「わー」と思わず声を漏らした。浅野はブルに2本入れ、ゲームは大詰めを迎える。
第7R。大城が50Pを残し、浅野の初優勝が見えた。が、to go 70の1投目をS20でアレンジした後、2投目をS13に外し、形勢は再逆転した。
迎えた第8Rに、さらなるどんでん返しが待っていた。大城はミスを連発。ブルに入れればレグカウントタイとなる1投目はS1。スローイングラインを外して、考えを整理し、アレンジのターゲットをS19としたが、ダーツは無情にもダブルへ。「あっ」と再び声を漏らした。
大詰めのシーソーゲームもここまで。最後は浅野がチャンピオンシップダーツをD11に突き刺し、D-CROWN勢初の優勝をもぎ取った。
「むちゃ、嬉しいです。とにかく1勝したかったんです、私は」
優勝直後のインタビューで、ゆかりは新人選手のように喜びを隠さなかった。
「いつか、優勝できるかなと、思っていたんですけど、優勝できてよかった」と謙遜してみせたが、「ランキング1位の目標は持っている」と、女王の矜持も披歴した。
浅野夫妻の矜持
浅野夫妻はどちらも、職業を問われても、ダーツプレーヤーとは答えない。長きに渡り女王と呼ばれてきたゆかりでさえ、「ダーツバーやってます、って答えるかな」と言い、ダーツのプロだという意識は希薄なのだという。
ソフトダーツにプロツアーが出来て、ダーツで生計を立てる選手も少なくなくなった。人気選手の名前を冠したバレルが販売され、大会ではファンからサインや握手を求められる。もちろん、ゆかりもその一人だ。
が、「ダーツをやっていると言うと、ダンスやってるの、と聞き返された」時代から、ダーツを続けている二人には、それが面映ゆい。
もちろん、プロ意識が希薄というのと、プロ意識が低いのとは違う。プロ意識について問うと、ゆかりは「お客さんが感動できる試合をすること」と言い、「日本代表として恥ずかしい試合をしないこと」と、答えた。
プロである以上、評価は結果で決まり、結果とは獲得賞金であろう。しかし、トッププロでさえダーツでは生活が成り立たなかった時代から、ダーツに生活を捧げてきた夫妻は、金銭のためではなく、好きで、好きだから強くなりたくて、誰にも負けたくなくて、ダーツを続けてきた。逆説的だが、それこそが、二人のプロ意識であり、矜持なのだ。
浅野眞弥は言う。「ぽっと出てきて、1、2年で消えてしまう選手を沢山見てきました。だから僕は、5年、10年第一線で戦い続ける選手を評価するし、応援してほしいと思います」
眞弥の持論と呼応するかのように、盟友の一宮はゆかりを評して語る。「ゆかりさんは生きる伝説。その佇まいを見ているだけで感動する」と。
爆発したフロンティアの血脈
固い絆に結ばれたD-CROWN勢は、ゆかりの優勝を機に水を得た魚のように快進撃を開始した。
ゆかりVの次節第5戦(第4戦は中止)で、大城と知野真澄が揃って3位タイの表彰台に立つと、第7戦では大城が2度目の準優勝。そして、第8戦愛媛大会で、知野が念願の男子初Vを果たした。優勝決定の瞬間、浅野夫妻は飛び上がってハイタッチ。眞弥は新人のころから手塩にかけて育ててきた後輩の勝利を「ゆかりの初優勝のときより嬉しかった」と喜んだ。
さらに、大城は第9戦仙台大会で初優勝すると、第10戦、第11戦と3連勝。第17戦も制し、10月末現在、女子年間ランキングのトップをひた走っている。
浅野夫妻が心血を注いで育てたD-CROWNの血脈は、PERFECTの舞台に確かに受け継がれている。
(終わり)
この男が放つダーツへの情熱、半端ない熱量をあなたは受け止めることができるか?
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- 小野恵太(1)「試合に負けて、あんなに泣いたのは、初めてでした」
○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。