COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg4 前嶋志郎(1)
ダーツ界の溶接工
プロスポーツは競技者とファンだけでは成立しない。その存続には、両者に介在するスポンサーが重要な役割を果たしている。
ダーツの世界も例外ではない。PERFECTは、ソフトダーツマシーンを製造・販売するフェニックスが主催するプロツアー。もう一つのプロツアーは、別のメーカーが主導して実施されている。昨年消滅したD-CROWNは、D-1がメインスポンサーだった。
メーカーはダーツ市場において激烈なシェア争いを繰り広げている。競争があることは、ダーツの裾野を広げていくために重要な要素だ。メーカーがなければツアーはない。
その一方で、選手たちは、ときにメーカーの競争に巻き込まれる。財政難で消滅したD-CROWNの選手たちは、昨季、2つの団体に引き裂かれた。所属するツアーが違えば、旧知の友も、兄弟姉妹であっても、別の舞台で戦わなければならない。
是非を論じるのは現状では不毛だ。それが、プロソフトダーツが置かれた現実である。
そのような中で年に一度、引き裂かれた選手たちを九州の片田舎に集め、「祭り」を開いている男がいる。
大分県津久見市在住のプロソフトダーツプレイヤー、前嶋志郎がその人である。
九州の片田舎にトッププロが勢揃い
大分県佐伯市、2013年5月3日。大分県マリンカルチャーセンターは、普段とは違った賑わいを見せていた。
ゴールデンウィークの真ん中のこの日、マンボウが泳ぐプールで有名な海辺の観光・レジャー施設で、ソフトダーツトーナメント「TACHIBANA」が開催された。
日中は上下線が1時間に各1、2本しか止まらないJR佐伯駅から、路線バスを乗り継いで40分もかかる会場に、全国から集ったダーツ愛好家は総勢330人。山田勇樹、山本信博、浅田剛司・斉吾の兄弟、木山幸彦、江口祐司、一宮弘人、田中美穂、西口小百合、松本伊代…トッププロたちの笑顔も混じる。
賞金も出演料も出ない、片田舎で開催されるイベントに、これだけのトッププロが結集するのは、とても珍しいことだ。
TACHIBANAは、前嶋が経営する津久見市内のダーツバー「矢的(やまと)」の周年記念イベント。店のお客さんだけではなく、プロのプレイヤー、マシーンメーカー、バレルメーカー、ダーツショップなどの関係者ら前嶋と親交のある人々が、毎年、さまざまな垣根を超えて集まってくる。
開会式の壇上に立ったフェリックスの福永正和会長は、前嶋を「伯父貴」と呼び、挨拶の言葉を続けた。
「今日は、前嶋の伯父貴に負けないように頑張りたいと思います。大会に出るのは1年ぶりですが、ダーツに対する情熱はまだまだ衰えていません」
福永はPERFECTの最大勢力「TRiNiDAD」を率いる、ソフトダーツ界の重鎮だ。
プレイヤー兼スポンサー
格闘家のような体躯を、リングコスチュームと見紛うガウン様のユニフォームに包み、長髪をオールバックにして後ろで括っている。街ですれ違ったら、反射的に道を譲ってしまいそうな外見とは裏腹に、笑うと細めた目から優しさが滲み出てくる。前嶋の周りはいつも、人々の笑顔で溢れている。
前嶋志郎、40歳。鉄工所「前嶋工業」を経営する傍ら、ダーツ会社「前嶋組」の会長も務め、数々のイベントやプレイヤーのスポンサーを手掛けている。ダーツのユニフォームを製造・販売するGSDの共同代表でもある。
プレイヤーとしては、PERFECT2年目の2008年から全戦に参戦。最高成績はベスト16。これまでに休んだことは4度しかない。
前嶋組の前身はダーツの親睦団体。前嶋を慕う人々が自然発生的にグループを作り「前嶋組」を名乗ったのが始まりで、前嶋が入会したときには、すでに100人近くの会員がいた。会社組織にしたのは、ソフトダーツマシーンのディーラーとして、ダーツバーやダーツショップの経営を支援するのと、ダーツ界に様々な形で貢献するのが目的だった。
年間総額800万超の”谷町”
前嶋組はPERFECTや他のツアーのメインスポンサーに名を連ね、支援する選手は80人超を数える。PERFECTでは、40人近くの選手を対象に、独自の優勝・準優勝賞金を出している。
ダーツ界の“谷町”として、数々の大会のスポンサー料、ダーツ雑誌の広告料、選手へのスポンサー料などで、年間の支出はおよそ800万に及ぶ。
特筆すべきは、ソフトダーツの2団体双方のメインスポンサーを務めていること。両団体に所属するプロを分け隔てなく支援し、バレルメーカー、ダーツショップなど、ダーツに関わる多くの人々と親交が深い。前嶋の本業をもじって言えば、彼は「ダーツ界の溶接工」だ。
恩返しがしたい
前嶋にTACHIBANA開催の狙いを訊ねると、「地元のため」「ダーツ界のため」と、答えは明瞭だった。
「人のために、何かがしたい」
それが前嶋の原点。自分より先に、誰かのため、何かのため、と前嶋は言う。それには、理由があった。
(つづく)
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○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。