COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg10 門川美穂(2)
PERFECTの新星
門川美穂のフォームは特異である。スローラインに立つとき、ほぼすべての選手はラインより前に肩を突出し、重心はライン側の足に乗っている。が、門川は違う。両足にほぼ均等に体重をかけ真っ直ぐに立つ。矢を放つときも同じ。膝もほとんど使っていない。棒立ちと言ってもいい姿勢で、上半身だけで投げる。
それが良いフォームであると思っている訳ではない。足に踏ん張りが利かず、今のところそのように投げるしか術がない。もちろん、そうなったのには訳がある。
鬼門のクリケット
2012年シーズン最終戦準決勝。第1レグ・701は先攻の門川美穂がキープし、戦いは第2レグのクリケットに移った。そこで、松本伊代が驚異的なダーツを見せる。
第1Rで9マークを打って120Pを積むと、第2Rは6マーク。そして第3Rはホワイトホース。門川に何もさせないまま、僅か4Rで第2レグに決着をつけてしまった。
第3レグは門川先攻のクリケット。門川はクリケットが不得手だ。準決勝は5レグ制で、01だけで3レグを奪うのは難しい。だから、門川が勝ち抜けるには、先攻のクリケットをどうしてもキープしたい。ゲームは第3レグに山場を迎える。
2012 PERFECT【最終戦 千葉】
準決勝 第3レグ「クリケット」
門川 美穂(先攻) | 松本 伊代(後攻) | |||||||
1st | 2nd | 3rd | to go | 1st | 2nd | 3rd | to go | |
S20 | S20 | S20 | 0 | 1R | S19 | × | T19 | 19 |
S20 | × | × | 20 | 2R | S19 | S19 | T20 | 57 |
S18 | S18 | S18 | 20 | 3R | × | S18 | S18 | 57 |
S18 | T18 | × | 92 | 4R | S19 | S19 | S18 | 95 |
S17 | S17 | S17 | 92 | 5R | S17 | S19 | × | 114 |
S17 | T17 | T17 | 211 | 6R | S19 | × | × | 133 |
× | × | S17 | 228 | 7R | T19 | T19 | T17 | 247 |
× | T16 | S16 | 244 | 8R | T16 | × | S19 | 266 |
T15 | S15 | × | 259 | 9R | T15 | × | S19 | 285 |
OBL | × | × | 259 | 10R | OBL | OBL | OBL | 285 WIN |
第2レグとは一転、第3レグは両者決め手を欠き、プッシュを重ねるシーソーゲームとなる。
先攻の門川の第1Rは3マーク。1投目をトリプルゾーンから大きく下に外したあと、2、3投目は僅かに上に逸れた。松本は4マーク。続く第2Rは門川1マークに対し、松本はシングル2本でプッシュのあと、3投目にトリプルで門川陣の20をカットし、序盤をリードした。
第3、4、5Rは門川が3、4、3マーク、松本は2、3、2マークで、第5Rを終えポイントは92対114、オープンしている陣地は門川17、松本19の一つずつと拮抗した。そして、第3レグは第6、第7Rで大きく動く。
第6R。門川は自陣17の7マークで一気に119ポイントを加点したのに対し、松本は19の1マーク。211対133でポイントオーバーで逆転した門川が大きくリードした。が、続く第7Rに落とし穴があった。
第7R。松本陣19のカットに行った門川の1投目は大きく下に外れS3ゾーンに入るミスショット。17をプッシュに行った2投目も大きく外しミス。3投目のプッシュもシングルとなり加点は17に終わる。差を詰めたい松本は1、2投目をT19に捩じ込みポイントオーバー、3投目はT17で門川陣をカット。9マークで形勢を一気に逆転した。
第8R。門川は4マークで16を獲得し、16ポイントを加点したが、松本はすぐにカットし、3投目に19ポイントを加点。僅かに差を広げた。第9Rも同じ展開。門川が4マークで15を獲得し15ポイントを加点すると、松本は1投目にカットし、3投目に19ポイントを加点した。
第9Rを終え、ポイントは259対285で26ポイント差。開いている陣地は松本の19のみ。松本優勢のまま第3レグはブル勝負の最終盤を迎える。
第10R。逆転のキープのためにはブルを獲得して加点し、松本のミスを待つしかない門川の1投目はシングルブル。2、3投目は痛恨のミス。松本がシングルブル3本でブルをオープンし、勝負は決した。
レグカウント1-2で後のなくなった門川は、第4レグの701で大崩れし完敗。2010年5月の福岡大会以来、自身2度目の決勝進出の夢は潰えた。
ツー君と投げたい
2007年、20歳の夏。ダーツと再会し、門川豪志と出会った美穂は、以来、ダーツ漬けの毎日を送ることになる。デートというデートはすべてダーツ。付き合い始めてほどなく同じ居酒屋で働くようになった2人は、深夜仕事を終えてからダーツバーで朝までダーツ。休日はほぼ1日中ダーツという生活を続けた。
豪志は宮崎県都城の生まれで、美穂より8歳年上。美穂と同じで高校時代はバスケットに汗を流し、卒業後、役者を夢見て上京し、俳優養成所に通った。1998年のことだった。
ダーツを始めたのは2005年の秋。07年に日本初のプロソフトダーツトーナメントPERFECTが開幕すると、プロを夢見るようになった。「ダーツならいくつになっても続けられる」というのが理由だ。
美穂が豪志と出会ったのはその頃。最初は豪志が一緒に投げてくれていた。が、初心者の美穂とプロを目指す豪志では実力が違い過ぎて豪志の練習にならない。バーに行っても豪志は上手な人と投げるようになり、美穂は取り残された。
「毎日泣いてました」
人見知りの美穂は知らない人とは投げない。だから、一人黙々とカウントアップで練習を重ねた。「ツー君と一緒に投げられるようになりたい」「ツー君に勝ちたい」の一心で、ひたすら投げた。
2008年4月、豪志がPERFECTのプロテストに合格し、近場のトーナメントに出場するようになった。美穂は留守番。悔しい。自分もツー君と同じ土俵でダーツがしたい、プロに成りたい、と思うようになった。
気持ちを伝えると、豪志の目の色が変わった。豪志は理論家の教え魔。美穂のコーチ役を引き受けると、水を得た魚のように夢中になった。
「ツー君に相手をしてもらえる」。嬉しかった。が、豪志は甘くなかった。「身近に自分より上手い人がいるのに、どうして自分からもっと、質問したり、教えてもらおうとしたりしないのか」。技術のことだけではなく、ダーツに取り組む姿勢についても、厳しく美穂を鍛えた。
理論家の豪志に対し、美穂は感性でダーツを投げる天才肌。が、その美穂に豪志は容赦なく、セットアップの位置や、手を出すタイミングなど、基礎的なことから辛抱強く理論を叩き込んだ。
美穂は毎晩のように泣いた。言われることができないのが悔しい。対応できないのが悔しい。それでも泣きながら投げた。ダーツバーのスタッフに、「今日はそのくらいにしといたら」と止められるくらい、豪志に厳しい助言を受けながら、涙を流しながら投げた。練習量では「誰にも負けないくらい」投げた。
突然、上手くなることはなかった。が、本格的に練習を始めたときには「初心者並」だった美穂は、一歩、また一歩という仕方で成長していく。そして、豪志に遅れること僅かに1年半でプロテストに合格し、2009年12月の09年シーズンのPERFECT最終戦でプロデビューを果たした。
「ツー君の奥さん」から「美穂ちゃんの旦那さん」へ
翌2010年シーズン。この年からPERFECTに全戦参戦した門川美穂は、周囲を驚愕させる快進撃を見せる。
開幕戦と第2戦は予選ロビン落ちだったものの、第3戦で初めて決勝トーナメントに勝ち進むと、第4戦の福岡大会で会心のダーツを披露し準優勝。第8戦から3戦連続で3位タイに入賞し、第9戦では決勝トーナメント1回戦で女王の松本恵を倒す大金星も上げた。
終わってみればフルシーズンを戦って年間総合ランク5位。初参戦でトップ5入りを果たした美穂は、一躍、次の女王候補に名前が上がるまでになった。
美穂の活躍は本人と豪志だけでなく、プロ仲間やPERFECT関係者、そしてダーツファンも驚かせた。人見知りの美穂は知らない人との対戦を嫌いそれまでほとんど大会に出たことがなかった。PERFECT参戦はぶっつけ本番のトーナメントデビューで、関係者の中に美穂を知っている人はほとんどいなかった。美穂はツアーに突然現れた彗星だった。
美穂は言う。「それまでほとんとツー君としか投げたことがなかったので、同性の選手との対戦が楽しくて仕方なかったです。岩永美保ちゃんとか、女子でもこんなに上手い人がいるんだって。でも、プロになったからには絶対に負けたくないとも思いました。それまで試合をほとんどしたことがなかったので、こんなに緊張している自分がどこまでいけるか試したいっていう気持ちもありました」
美穂は新しい玩具を手にした子供のように、ゲームに無邪気に夢中になり、いつの間にかトップ選手の仲間入りを果たしてしまった。
2010年シーズンの美穂の活躍を振り返って、豪志は笑う。「最初は美穂が『ツー君の奥さん』だったのに、年間総合5位が決定した瞬間、ぼくが『美穂の旦那さん』になっていました」
わくわくして迎えた2011年
鮮烈なPERFECTデビューを飾った美穂は、2年目のシーズンをわくわくする気持ちで迎えた。自分はどこまでいけるのか、楽しみで仕方なかった。
2月に開幕した2011年シーズンは、決勝トーナメント2回戦で敗退のベスト16でスタート。そして3月。第2戦の仙台大会でのリベンジを期して、大会前日に夫妻は自家用車で出発する。
3月11日のことだった。
(つづく)
- 【特別編】2016 年間チャンピオン - インタビュー
- 髙木静加 ニューヒロイン誕生!
- 浅田斉吾 自分を見ることができるようになった
- 【Leg16】髙木静加 もう逃げない ―― 遅れてきた天才の決意
- 髙木静加(4)無限の伸び代
- 髙木静加(3)亀の歩み
- 髙木静加(2)逃げた
- 髙木静加(1)大城明香利の予言
- 【Leg15】大内麻由美 覚醒したハードの女王
- 大内麻由美(6)世界の頂を見据え、二兎を追う
- 大内麻由美(5)「理論派」の決意
- 大内麻由美(4)名前が売れた
- 大内麻由美(3)最初から上手かった
- 大内麻由美(2)父の背中
- 大内麻由美(1)「引退はしません。後は、年間総合優勝しかありません」
- 【特別編】2015 年間チャンピオン - インタビュー
- 大城明香利 初の3冠に輝いたPERFECTの至宝
- 浅田斉吾 年間11勝 ―― 歴史を変えた“ロボ”
- 【Leg14】知野真澄 みんなの知野君が王者になった。
- 知野真澄(6)「ちゃんと喜んでおけばよかったかな」
- 知野真澄(5)「絶対に消えない」
- 知野真澄(4)10代の「プロ」
- 知野真澄(3)「高校生なのに、上手いね」
- 知野真澄(2)お坊ちゃん
- 知野真澄(1)3冠王者誕生
- 【Leg13】今野明穂 うちなーになった風来女子、その男前ダーツ人生
- 今野明穂(6)お帰り
- 今野明穂(5)プロの自覚
- 今野明穂(4)どん底
- 今野明穂(3)ニンジン
- 今野明穂(2)沖縄に住みたい
- 今野明穂(1)今野 Who?
- 【Leg12】山田勇樹 PRIDE - そして王者は還る
- 山田勇樹(6)がんからのプレゼント
- 山田勇樹(5)…かもしれなかった
- 山田勇樹(4)決断と実行
- 山田勇樹(3)強運伝説
- 山田勇樹(2)「胃がんです」
- 山田勇樹(1)順風満帆
- 【Leg11】一宮弘人 この手に、全き矢術を
- 一宮弘人(5)ダーツを芸術に
- 一宮弘人(4)負けて泣く
- 一宮弘人(3)ダーツに賭けた破天荒人生
- 一宮弘人(2)「自由奔放に生きてやる」
- 一宮弘人(1)「いずれは年間王者になれると信じています」
- 【Leg10】門川美穂 不死鳥になる。
- 門川美穂(6)復活の時を信じて
- 門川美穂(5)帰って来た美穂
- 門川美穂(4)死の淵からの帰還
- 門川美穂(3)3.11――死線を彷徨った
- 門川美穂(2)PERFECTの新星
- 門川美穂(1)鴛鴦夫婦
- 【Leg9】大城明香利 沖縄から。- via PERFECT to the Top of the World
- 大城明香利(4)「5年後に世界を獲れたら面白いですね」
- 大城明香利(3)「ダーツにだったら自分のすべてを注げる」
- 大城明香利(2)勧学院の雀
- 大城明香利(1)決勝に進むのが怖くなった
- 【Leg8】谷内太郎 - The Long and Winding Road ― 這い上がるダンディ
- 谷内太郎(4)失われた4年。そして
- 谷内太郎(3)「竹山と闘いたい」
- 谷内太郎(2)「レストランバーの店長になっていた」
- 谷内太郎(1)「長かった」
- 【Leg7】樋口雄也 - 翼を広げたアヒルの子
- 樋口雄也(4)「ダーツは自分の一部です」
- 樋口雄也(3)テキーラが飛んでくる
- 樋口雄也(2)理論家の真骨頂
- 樋口雄也(1)悲願の初優勝
- 【Leg6】浅田斉吾 - 「浅田斉吾」という生き方
- 浅田斉吾(6)家族――妻と子
- 浅田斉吾(5)兄と弟
- 浅田斉吾(4)両刃の剣
- 浅田斉吾(3)「ラグビー選手のままダーツを持っちゃった感じです」
- 浅田斉吾(2)「最速は、僕です」
- 浅田斉吾(1)「今季の目標は圧勝です」
- 【Leg5】今瀧舞 - 熱く、激しく、狂おしく ~ダーツに恋した女
- 今瀧舞(6)「現役を引退しても、ずっとダーツと関わっていたいと思います」
- 今瀧舞(5)「ダーツがやりたくて、離婚してもらいました」
- 今瀧舞(4)涙の訳
- 今瀧舞(3)「神様は超えられる試練しか与えない」
- 今瀧舞(2)「観客席の空気を変えるダーツがしたい」
- 今瀧舞(1)「ダーツを始めてから、テレビはほとんど見ていません」
- 【Leg4】前嶋志郎 - ダーツバカ一代
- 前嶋志郎(3)「ダーツ3本持ったら、そんなこと関係ないやないか」
- 前嶋志郎(2)「ナックルさんと出会って、人のために何かがしたい、と思うようになりました」
- 前嶋志郎(1)「ダーツ界の溶接工」
- 【Leg3】浅野眞弥・ゆかり - D to P 受け継がれたフロンティアの血脈
- 浅野眞弥・ゆかり(4)生きる伝説
- 浅野眞弥・ゆかり(3)女子ダーツのトップランナー
- 浅野眞弥・ゆかり(2)「D-CROWN」を造った男
- 浅野眞弥・ゆかり(1)「PERFECTで優勝するのは、簡単ではないと感じました」
- 【Leg2】山本信博 - 職業 ダーツプレイヤー ~求道者の挑戦~
- 山本信博(6)「結局、練習しかないと思っているんです」
- 山本信博(5)「1勝もできなければ、プロは辞める」
- 山本信博(4)「ダーツはトップが近い、と思ったんです」
- 山本信博(3)「ぼくだけだと思うんですけど、劇的に上手くなったんですよ」
- 山本信博(2)「余計なことをあれこれ考えているときが、調子がいいんです」
- 山本信博(1)「プレッシャーはない。不振の原因は練習不足」
- 【Leg1】小野恵太 - 皇帝の背中を追う天才。
- 小野恵太(4)「星野さんを超えた? まったく、足元にも及びません」
- 小野恵太(3)「プロなんて考えたことありませんでした。運がよかったんです」
- 小野恵太(2)「こんなに悔しい思いをするんなら、もっと上手くなりたいと思ったんです」
- 小野恵太(1)「試合に負けて、あんなに泣いたのは、初めてでした」
○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。