COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg10 門川美穂(6)
復活の時を信じて
2014年の夏、門川豪志・美穂夫妻にお話を伺った日、最後に訊ねた。今の時点で震災は何だったと思いますか、と。
「良い経験をした」と二人は口を揃えた。その答えは、私には意外ではなかった。もちろん、ネガティブな答えが返ってきても、なるほどと合点はしていたと思う。が、長時間に渡りお話を伺って垣間見えた、二人のお人柄から、ポジティブな答えが返って来るのではないかとも予想していた。
美穂は言った。「誰もが経験出来ることではないので、そういう意味で良い経験だったと思います。不幸だとは思いません。私は無我夢中でやってきただけかも知れませんけど、私が経験したことで、誰かが『私も頑張ろう』っていう感じに思ってくれるなら、そういう言葉を届けられるようであればいいと思います」
豪志。「震災の時は、生きるために必死でした。どうやって生きのびるか。本当に死ぬかもしれないと思ったので、生きるためにどこに行けばいいか、何をすべきか、必死に考えて過ごした数時間がありました。本当に必死になるというのはこう言うことなのだと、教えてくれた出来事です。それまでも、必死でダーツの練習をしていると思っていましたが、震災の時のことを考えると、そこまで必死ではなかったと思ったんです。だから、あれ以来、本当に必死にやれるようになったと思います。必死の度合いが変わりました。その切っ掛けを与えてくれた気がします」
茨の道
2011年10月、門川美穂は震災から僅か7カ月足らずでPERFECT復帰を果たし、温かい拍手に包まれた。しかし、その先には茨の道が待っていた。杖に頼る日常。失った足の感覚は元に戻ってくれそうにない。そんな中で美穂は戦いの場に立ち続けた。
復帰第2戦の2011年第13戦熊本大会では決勝トーナメントに進出したが、1回戦敗退。その後は、14戦の名古屋も最終戦の千葉も決勝に残れずシーズンを終えた。
明くる2012年シーズンも厳しい戦いは続く。開幕戦でベスト8、第2戦も予選ロビン突破と順調に滑り出したかに見えたが、その後は失速。第8戦のD-CROWNとの交流戦を除き、第3戦から14戦まで11戦連続でロビン落ちする屈辱を味わった。そこには、実質的にツアー初参戦だった2010年に、いきなり年間総合5位の表彰を受け、ポスト松本恵の一人と期待された新星の面影はなかった。
右肩を前に出せない
もちろん、理由はあった。2012年シーズンを終えても、美穂には震災後に失った右足の感覚は戻っていなかった。杖なしで歩けるようにはなったが、走れない。立っていても踵がどこにあるかも分からない。感覚を失っているため、スローラインに立ったとき、恐怖心で重心を移動させて右肩を前に出すことができない。美穂は真っ直ぐに突っ立ってダーツを投げていた。
右足の感覚を失う前の美穂は、重心を移動させてターゲットを狙っていた。例えば、ブルのラインより下を狙うときは、ブルを狙うときより肩を出して重心を前へ、上を狙うときは少し腰を引いて重心を後ろへ、というように。
それができなくなった美穂は、腕の振りと矢を放つタイミングを変えることだけでターゲットを狙った。上と下、真ん中で3パターンの投げ方を使う。当然、ダーツは安定しない。最終局面まではブルを狙い続ける01はなんとか戦えても、ターゲットが目まぐるしく変わるクリケットは難しい。
退院後、グリップが変わってしまったのも苦戦の一因だ。なぜかは分からない。が、毎日触っていたダーツを取り上げられてしまった1カ月の間に、自分のグリップの感覚を失ってしまい、以前の握りが再現できない。美穂はグリップに違和感を持ったまま、戦いの場に挑んでいる。
復活の兆し
そのような苦しみの中で、美穂は2012年シーズンを戦った。それでも、シーズン終盤には復活を予感させる姿も見せた。11戦連続予選ロビン敗退の後、第15戦から最終戦まで3戦連続で決勝トーナメントに進出。最終戦では、この年の後半、飛ぶ鳥を落とす勢いだった今野明穂を準々決勝で倒し、ベスト4に駒を進めた。
続く2013年シーズン。体調に大きな改善はなかったものの、美穂は徐々にではあっても、実力を回復していった。開幕戦でベスト8に残ると、6戦連続で予選ロビンを突破し、3度ベスト16まで勝ち進む。第10戦、12戦でもベスト8に名を連ね、札幌開催の第14戦ではこの年初めてベスト4の舞台に立った。
第17戦、20戦でもベスト8。終わってみれば、3位タイ1回、ベスト8に5回、予選ロビン落ちは3度だけの成績で、年間ランクは12位まで戻した。復活の兆しが薄らと見え始めた。
無心で投げる
迎えた2014年シーズン。開幕戦で決勝トーナメント1回戦敗退の美穂は、第2戦で快進撃を見せる。決勝T2回戦で山本淳を倒すと、準々決勝で前年年間総合ランク3位の今野と激突した。
準々決勝は3レグ先取の5レグマッチで、この日の第1レグは今野先攻の701。クリケットで勝率の下がる美穂は、第1レグをブレイクし、第2レグ先攻のクリケットをキープ、第3レグはブレイクできなくても、第4レグの701をキープする――、それが決勝に勝ち進む可能性が最も高い展開と豪志は解説する。そのような試合展開を思い描いて、美穂は準決勝に臨んだ。
第1レグは目論見通り701をブレイク。が、第2レグのクリケットで今野にブレイクバックを許した。このとき、試合を見守っていた豪志は「負けちゃう」と思った。が、美穂は続く第3レグのクリケットで13ラウンド、両者350ポイントを超えるプッシュ合戦の死闘を制しブレイクに成功。そして勝負の第4レグがやってくる。
2014 PERFECT【第2戦 北九州】
準々決勝 第4レグ「701」
門川 美穂(先攻) | 今野 明穂(後攻) | |||||||
1st | 2nd | 3rd | to go | 1st | 2nd | 3rd | to go | |
B | B | S14 | 587 | 1R | S14 | S19 | S17 | 651 |
B | B | S2 | 485 | 2R | B | B | B | 501 |
B | S9 | B | 376 | 3R | S7 | B | S16 | 428 |
S17 | B | S12 | 297 | 4R | S19 | S7 | S20 | 382 |
B | S15 | B | 182 | 5R | B | S7 | S2 | 323 |
S6 | S11 | B | 115 | 6R | B | T5 | S17 | 241 |
S8 | S16 | T17 | 40 | 7R | B | S3 | B | 138 |
D20 WIN |
– | – | – | 8R | – | – | – | – |
第4レグは門川先攻の701。キープすれば勝利を手にする。
第1Rの門川はロートンでスタート。今野は3つ外し有利な展開となる。第2、第3Rもロートンでショットが安定していた門川に対し、今野はハットトリックの後、第3Rで再び3本外した。
「出だしが良かったんじゃないですかね」と振り返った門川の言葉通り、第4R以降は両者決め手を欠く神経戦となる。
第4、5、6Rの門川は1ブル、ロートン、1ブル。ブルの精度を欠く今野はノーブル、1ブル、1ブルで、第6Rを終えTO GO 門川115対今野241と得点差が開いた。
迎えた第7R。1投目をシングル8、2投目をシングル16に外した門川は、3投目残り91Pで勝負に出る。ターゲットは苦手としているブルラインより下のトリプル17。無心で放ったダーツで狙い通りに的を射止め、勝利を確信した。
試合中に展開を読んで戦術や投げ方まで変えるという豪志は、美穂の試合でも展開を読み、第2レグのクリケットをブレイクされた時点で負けを覚悟した。一方の美穂は、「試合中は1投1投に集中し、ほかのことは何も考えませんね、というか、考えられない」と言い、ただただ試合に集中して大一番での勝利を手にした。
「(集中しすぎていて)試合の内容ほとんど覚えていません」と言う美穂だが、この日の第4レグ第7R3投目のT17は「やった」と思ったと、振り返った。豪志はその美穂に「集中力が最大の武器」と賛辞を贈る。
エヴァンゲリオンの初号機が欲しい
――今季の目標は?
8月の時点で訊いたとき、美穂は言った。
「目標は常に年間チャンピオンです」。そして、「もちろん、まずは初優勝です」とも。
第2戦のベスト4の後、14年シーズンの美穂は苦戦が続いている。が、夢は諦めていないし、モチベーションは高く保たれている。
豪志も美穂もダーツだけではまだ食べていけない。二人ともほかに仕事を持ちながらダーツを続けている。近い将来、子供をもうけ、おじいちゃん、おばあちゃんになってもダーツを続けているのが、夫妻の夢だ。
美穂 「私、賞金で欲しいものができたので、絶対、1回は優勝したいんです」
豪志 「3回じゃないの?」
美穂 「そうだ。3回だ。180万ぐらいするエヴァンゲリオンの初号機のフィギュアが欲しいんですよ」
豪志 「高さが2㍍ぐらいの。3回優勝すれば、年間ランキングの賞金を合わせれば買えます」
美穂 「調子が悪いときとか、体があんまり良くないときなんですよ。欲しいのは。初号機を見て頑張ろうって思うんです」
美穂の体は完全復活からは程遠い状態が続いている。が、少しずつ回復しつつもある。今年10月、静岡の第14戦からは、体重を右足に載せて肩をスローラインから前に出すことができるようになった。しかし、そうすればまた、3年間の試行錯誤で身につけた投げ方も変えなければならない。
美穂は言う。「付き合って行こうと思っています。自分の体なので。それに合ったダーツを投げるしかないですし。負担とは思わないです。普通に生活出来ますから」
地震のときに見せた明るさ。そして、今も続くリハビリの毎日に見せるこのひたむきは、いったいどこから来るのか。
「私が経験したことで、頑張ろうと思ってくれる人がいるなら、言葉を届けられたらいいと思います」――。美穂が思い出したくない被災の取材を引き受ける決意をした理由を、私は忘れない。どんなに苦しくても、明るい未来を信じてボードに向かい続ける美穂の姿は、すでに、私を励ましてくれている。
ごめんなさい、美穂ちゃん
11月。横浜大会の取材に出かけた私は、道すがら「お菓子の中でジャガリコが一番好き」と言っていたことを思い出し、喜んでもらえると思ってジャガリコを買って届けた。
美穂は「ありがとうございます」と笑顔を見せてくれたが、「ジャガリコ見たの、あれ以来初めてです」と言った。気のせいかもしれないが、その笑顔は少しひきつっているように見えた。そして、私は自分の浅慮を恥じた。美穂の傷がそれほどまでに深いことを、私はわかっていなかった。ごめんなさい、美穂ちゃん。
美穂の体調が戻らない原因は、医学の現状では解明できない難しい機能的な障害であるという可能性があることは否定できない。が、震災で心の奥底を傷つけられたことが原因である可能性は、比較にならないほど大きい。もしそうならば、その傷が回復するには、さらに長い時間を覚悟しなければならないのかもしれない。
しかし、必ず、復活の時は来る。美穂が、豪志が、そのほかの多くの愛と善意で美穂を支え続けているダーツ仲間が、それを信じている。ダーツの神様は、きっと美穂を見守っている、と。
そしていつか、美穂は不死鳥になる。
(終わり)
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- 小野恵太(3)「プロなんて考えたことありませんでした。運がよかったんです」
- 小野恵太(2)「こんなに悔しい思いをするんなら、もっと上手くなりたいと思ったんです」
- 小野恵太(1)「試合に負けて、あんなに泣いたのは、初めてでした」
○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。