COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg12 山田勇樹(5)
…かもしれなかった
山田勇樹・かおりさん夫妻は、若い独身プレイヤーの憧れの的なのだそうだ。6歳と3歳の娘が2人。山田夫妻のような家庭を築きたいと夢見る若手は多い。
これは私の勝手な想像なのだが、山田勇樹は1つ年下の妻に頭が上がらないのではないかと思う。もし、かおりさんが人間ドックの健診を申し込んでいなかったら、今の山田はいない。その一事をとってももちろんそうなのだが、それだけではない。
「別れるから返して」
ダーツに打ち込み始めたアルバイト時代、山田は毎月10万円以上をダーツに費やしていた。専門学校の学生にそんな余裕はない。山田は、一緒に面接を受けてフェリックスの社員として同じ店で働いていたかおりさんから、毎日のように小金を借りて、ダーツにのめり込んでいた。
もちろん、返すつもりではあった。が、当てがある訳でもなかった。借金は積りにつもって80万円を超える。社会に出て2年目の20歳の女性にとってはとても大きな額だ。
「別れるから返して」。ある日、山田はかおりさんに告げられる。専門学校を卒業して、TiTO熊本の店長になっていた冬のことだった。借りた金額は日付とともに、すべて手帳に記されていた。コンビニで「払っといて」と言って借りたものまですべて、1円単位で記録されていた。
すぐに返そうと思ったが、お金がない。山田はつくづく自分のだらしなさを自覚し、ダーツをやめて、借金を返済することを決意する…。
夫妻の青春の1頁に綴られたエピソードだが、この時、かおりさんがきっぱりと突き放していなかったら、山田は今でも金銭にだらしのない男であったかもしれない。もちろん例外はあるが、多くの場合、だらしのない人間は大成できない。
数カ月間の別れのあと、二人はよりを戻し、ともに福岡に転勤し、同居を始める。そして、「強運伝説」のダーツ編が幕を切る。もし、お金を貸してくれたかおりさんがいなかったら、山田の猛スピードでのダーツの上達はなく、「強運伝説」のチャンスも逃していたかもしれない。
社命でプロ資格テスト
2006年5月、「一番忙しい店で働きたい」との念願をかなえ、山田は福岡に転勤する。ダーツの腕を見込まれての異動で、プレイヤーとして迎えられた。が、直後に深刻なスランプに見舞われる。ダーツがボードに届かない。理由は分からない。が、投げても投げても、ダーツを放すタイミングが遅れ、ボードの下に飛んでしまう。山田は「プレイヤー」を辞退し、店長を志願。社内での出世を目指した。
半年後、転機が訪れる。日本初のプロソフトダーツトーナメントPERFECT開幕の2カ月前のことだった。スランプから漸く脱出した山田は年末にハウストーナメントに出場し、フェリックス社長の福永正和と決勝で対戦し優勝。社長に復活を印象付けた。
明けて2007年1月、山田は福永から2月開幕のPERFECTのプロ資格テスト受験を命じられる。年末の優勝で、フェリックスからPERFECTに参戦するプレイヤーの末席に加わることになった。山田にとっては社命で「しょうがなく」受けたプロテストだった。
社内の4番手が準優勝
このとき、プレイヤーとしての社内での山田の序列は4番手か5番手。と言っても、上の3人とは実力に差があり、雲の上の存在だった。
日本のダーツ史に深く刻まれることになる2007年2月のPERFECT開幕戦で、無名の山田が準優勝したことは、山田勇樹の連載第1回に書いた通り。準優勝で自信を得た山田は、その年、年間総合2位に入賞し、その後、順風満帆にスターダムを駆け上がったこともすでに触れた。
福岡に転勤した山田が、ほとんど勝ったことのなかった格上の先輩は、手島彰文、福山芳宏、松元大奉の3人。それぞれのPERFECT開幕年の年間総合成績は、3位、4位、5位。全国レベルでも、いずれ劣らぬ実力者だった。その3人を、山田はわずか1年で超えた。
開幕前年の12月にスランプを脱出して年末のハウストーナメントで優勝していなければ、福永がその優勝で山田をPERFECT参戦のメンバーに加えていなければ、開幕戦で準優勝していなければ、今の山田はいなかったかもしれない。
山田はそれを強運と言う。
復活優勝
2014年8月、横浜。完全復活を賭けたGⅠ横浜大会決勝は佳境に入っていた。ワンセットオールで迎えた最終第3セットは、第1レグを山田がキープ。第2レグは知野真澄先攻のクリケットを戦う。
第1レグで一度はブレイクを覚悟しながら、逆転でキープに成功した山田は、第2レグをブレイクして優勝を決めるという、強い気持ちで臨んでいた。
2014 PERFECT【第10戦 横浜】
決勝戦 第3セット 第2レグ「クリケット」
知野 真澄(先攻) | 山田 勇樹(後攻) | |||||||
1st | 2nd | 3rd | to go | 1st | 2nd | 3rd | to go | |
20 | × | 20T | 20 | 1R | 19 | 19T | 19 | 38 |
20T | 19T | 20T | 140 | 2R | 17 | 17T | 17T | 106 |
18 | 18T | × | 158 | 3R | 17T | 17 | 17 | 191 |
× | 20 | 20T | 238 | 4R | 17T | 20T | 18T | 242 |
16 | × | 16 | 238 | 5R | 16T- | 17T | 15 | 293 |
15 | 15T | 15 | 268 | 6R | 15 | 15 | OBL | 293 |
OBL | IBL | OBL | 293 | 7R | OBL | OBL | – | 293 WIN |
第1R。先攻の知野は2投目をミスして4マーク。山田は19の5マークで、戦いの火蓋を切った。続く第2R。知野は1投目にトリプルで自陣の20をプッシュし、2投目で山田陣の19をカット。3投目に再びトリプルで自陣の20をプッシュし9マーク。一方の山田は18を飛ばして下方の17を攻め7マーク。ポイントは知野140対山田106で、序盤は知野が僅かにリードした。
迎えた第3Rに、知野は動揺を見せる。1投目を18のシングル、2投目をトリプルに入れた後の3投目、テンポよくセットアップした知野が、突然、動作を止めた。知野の目に動揺が走る。得点盤を凝視した知野は、狙いを17に変える。が、ダーツは僅かに左のT3ゾーンに外れミスショットとなった。つけ入りたい山田は、5マークで知野がカットできなかった自陣の17をプッシュし、ポイントオーバー。開いている陣地は知野が2つで山田は1つ。戦況は拮抗した。
第4R。知野は1投目をミスし、4マークで20をプッシュ。動揺を引きずる知野に対し、山田は獲物を狙う鷹のように鮮やかに襲いかかる。1投目にT17、2投目にT20、3投目はT18、ホワイトホースでポイントオーバーし、知野陣の20、18をカットし、リードした。
第5R。動揺を隠せない知野は痛恨の2マークで、16を獲得できない。山田は1投目に16をオープン、2投目にトリプルで17をプッシュ、3投目は15がシングルとなり、連続のホワイトホースこそ逃したが、大きくリードを広げた。
第6R。意地を見せたい知野は、5マークで15を獲得し30ポイントを積む。山田は15のカットに2投を費やし、3投目はシングルブル。第6Rを終え、知野にはオープンしている獲得陣地はなく、山田は17と16を保持し、25ポイントリード。山田の圧倒的優位で決勝は最終局面を迎える。
第7R。逆転のためには、ブルを獲得し、ポイントオーバーが最低条件の知野だったが、ダブルブルは1本のみ。ポイントはイーブンとしたもののここまで。山田が確実にシンブルブルを2本入れ、勝負は決した。
勝負の綾となった序盤の攻防を山田はこう解説する。
「相手が20で自分が19を持っているときには、ぼくは18にはいかず、17に行くことにしています。その方が、陣地をカットされる確率が低くなります」
つまり、こういうことだ。相手が20を持っているとき、自分が18をオープンすれば、相手は20をプッシュしたあと、すぐ隣の18のカットはリズムよく狙いやすい。が、下の17は18よりは狙いにくい。だから、山田は戦術の決まり事として、相手がプッシュゾーンとして20を持っているときには、20から遠い17に行く。もちろん、例外もある。
おそらく知野は、山田の投擲は見ておらず、音だけを聞いて山田が18をオープンしたと思い込んでいた。そのため、クローズしたはずの18がオープンとなったことに動揺を隠しきれなかった。勝負の綾には、山田の周到な戦術があった。
「初優勝のように嬉しかった」
「嬉しかったですね。初優勝のような気がしました」
胃がんの手術からの復活優勝のその瞬間を振り返り、山田はそう言った。そして、「まだまだいける」と手応えも感じていた。
2014年シーズンの開幕当初、前年に年間総合2連覇の偉業を達成し、目標を失っていた山田の目に、ギラギラした輝きが戻った。まだいける。その瞳は年間総合3連覇を、そして、病気をきっかけに手にした、もっと大きな目標を見据えていた。
(つづく)
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- 山本信博(3)「ぼくだけだと思うんですけど、劇的に上手くなったんですよ」
- 山本信博(2)「余計なことをあれこれ考えているときが、調子がいいんです」
- 山本信博(1)「プレッシャーはない。不振の原因は練習不足」
- 【Leg1】小野恵太 - 皇帝の背中を追う天才。
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- 小野恵太(3)「プロなんて考えたことありませんでした。運がよかったんです」
- 小野恵太(2)「こんなに悔しい思いをするんなら、もっと上手くなりたいと思ったんです」
- 小野恵太(1)「試合に負けて、あんなに泣いたのは、初めてでした」
○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。