COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg13 今野明穂(3)
ニンジン
PERFECT女子の2015年シーズン年間総合女王レースは、今野明穂と大城明香利のデッドヒートが続いている。開幕戦優勝で勢いを得た今野は、第2戦の準優勝、第3戦の優勝で波に乗り、第5戦終了時までトップを独走した。が、第6戦を境に潮目が変わる。
第5戦までに優勝、準優勝、3位タイ各1回、5位タイ2回と、抜群の安定感で2位につけていた大城が、第6戦仙台の準優勝で、年間総合ポイントを逆転しトップに躍り出ると、第7戦の岐阜でも3位タイに入賞し、2位との差を広げた。
2位はもちろん、今野。その差16ポイント。しかも、2人は第6戦の2回戦、第7戦の準々決勝と2戦連続で直接対決。いずれも大城が今野を退け、直接対決でポイント1位を捥ぎ取った形だ。
7戦を終えて、2人の直接対決は実に5回。今野2勝、大城3勝だが、決勝での対決は今野2勝、大城1勝。両者一歩も引かぬ戦いが続いている。
プロデビュー前、2人には一緒に練習していた時期がある。D-CRWONへの参戦を決意した大城の、練習パートナーが今野だった。今野の記憶では、その頃は、全く歯が立たなかった。「沈沈ですよ。1レグもとれなかったんじゃないかな」と振り返る。
が、今野がPERFECTに参戦してからは、一緒に練習することはない。「負けるイメージをつけたくないから」と、今野はその理由を語る。
風来女子生活の始まり
2007年春、今野明穂は沖縄に舞い降りた。手にはスーツケース1つ。決めていたのは、沖縄に住むことだけ。仕事も住む場所もない。「風来女子」生活の始まりだった。
ダーツバーのオーナーを訪ねた。前年の夏に観光に来たときに知り合った人だ。バーで飲みながら「沖縄に住んでみたい」と冗談交じりに話したら、「こっち来て困ったことがあったら訪ねておいで」と言われていた。今思えば社交辞令。だが、20歳の怖いもの知らずの乙女は、社交辞令を真に受けて、バーの木戸を押した。
オーナーは沖縄ダーツ会の重鎮だった。「ダーツバーで働きたい」と頭を下げると、すぐに心当たりに連絡し、面接まで同伴してくれた。ゲストハウスに当面の棲家も得て、今野の沖縄暮らしが始まる。
スロットですっからかん
今野に会って、じっくり話を聞いたのは、東京・江東区のダーツバー「Y‘s」。ダーツ用具メーカー「L-style」が経営母体のこの店で、今野は今、専属契約プレイヤー兼ショップ従業員として働いている。
開店前のひっそりとしたバーで、身一つで沖縄に行って、職と棲家を得たところまで話を聞いて、さあ、これから本格的にダーツに打ち込むのかと思ったら、そうではなかった。そこが、今野の面白いところだ。男前なのである。
沖縄は、PERFECTで沖縄勢が一大勢力を築いているほど、ダーツが盛んだ。プロアマ問わず、上手いプレイヤーは沢山いる。最初に働いたダーツバーには、ダーツ上級者のスタッフがいて、オーナーから「ダーツは頑張らなくていい」と言われた。今野は真に受けて、ダーツではなくスロットにはまる。あっという間に持ち金はなくなって、給料を前借りする借金生活。ご飯はお客さんがくれる沖縄ソーメンとオクラだけ。それから、心配した店の馴染み客が持ってきてくれる惣菜や弁当やお菓子。お金はないのに、3カ月で10㌔太った。はちゃめちゃなのだ。
秋。沖縄に来て1年も経たないうちに、今野は横浜に帰ってしまう。一つは猛烈なホームシック。もう一つは、本当に、すっからかんになってしまったからだった。
横浜に帰った今野はキャバクラで働き始める。短期間でお金を貯めるのが目的。働き始めた日に、辞める日も決めていた。1年半後、今野は再び沖縄に戻る決意を固める。実家もあって飲み友達も沢山いる。楽ちんで楽しい毎日だが、なんの刺激もない。なんて甘ったるい生活を送っているんだろう。このまま横浜の温い生活にどっぷり浸っていては「人間が駄目になる」――。
2010年2月。今野は沖縄に舞い戻った。
ダーツ三昧
ここまでが序章とすれば、ここから今野明穂のダーツ人生の第1章が始まる。2度目の沖縄で、今野は後に店長を任せられることになるダーツバー「レッドブル」に職を得た。
店にはダーツの腕がいいスタッフがいなかった。お客さんに来てもらうには、自分が上手くなるしかない。横浜に帰っていた間、ほとんど触っていなかったダーツの猛練習が始まる。
店のスタッフを誘って朝にも練習。日に4、5時間は投げた。練習だけではなく、場数も踏んだ。沖縄にはいくつもリーグ戦がある。そのほとんどは団体戦だ。店のお客さんたちで作るチームのメンバーとなって試合に出る。目標は沖縄代表になって、内地の試合に出場することだった。
周りは自分より上手い人ばかり。絶対に、チームの穴になりたくない。自分の1ポイントで負けたくない。だから練習にも気合が入った。試合では、逃げ出したくなるくらい極度の緊張に見舞われる。生まれたばかりの小鹿のように足がぶるぶる震える。リーグ戦は週に3日。その他に、武者修行のハウストーナメントにも出場する。そんな日々に、確かな技術と、ここ一番に力を発揮できる精神力が鍛えられた。
宿命のライバル
2年の歳月が流れた。ダーツ漬けの毎日で、今野は沖縄では知られる存在となっていた。Bフラからのスタートで、2年後にはトリプルAまで上達している。大城明香利と今野明穂はどっちが強いのか。沖縄のダーツ通の間で、2人の天才が話題になることも珍しくなくなっていた。
生粋のうちなーである大城は、2007年の春に一度沖縄を飛び出し、ダーツと無縁の3年を送った後、今野が沖縄に舞い戻ったのと同じ2010年の春に沖縄に帰って来ていた。そこから、ダーツを本格的に始め、今野の成長と軌を一にして、頭角を現す。当時の大城の目標はD-CROWNへの参戦で、今野の目標は、フェリックス主催の大会に沖縄代表として参戦することだった。
PERFECTへ
2012年、大城はD-CRWONのプレイヤーとなり、全国ツアーに飛び出していったが、今野はプロには全く興味がなかった。「自分が出たって勝てるわけがない」が一つ。もう一つは、「お金が大好き」という今野らしく「プロになっても(参加費や遠征費がかかるから)絶対に元が取れない」と考えたからだった。
しかし、ダーツの神様は、ダーツの申し子をほってはおかなかった。
プロへの転機は突然やって来る。2012年の夏の終わりだった。10月にはPERFECTの本戦が沖縄で開催されることになっていた。そして、その直前に、沖縄でプロテストが実施されることになった。
テストの少し前のことだ。
「プロ資格とってみなよ」
店のお客さんに言われた。
「いいよ。興味ないし」
今野はさらりとかわしたつもりだったが、その人は粘った。
「お金出すから、受けてみなよ」
その一言で、今野の気持ちは簡単に揺らいだ。「じゃ、受けてみる」
プロに合格すると、沖縄大会が待っていた。エントリーには出場料が必要だ。資格は取ったものの、今野には出場する気持ちはなかった。
「出場料は出すから、出てみなよ」
個人スポンサーとなって、遠征費などPERFECT参戦当初の今野の活動をサポートすることになるその男性が言った。さらに、入賞したらボーナスを出すと申し出る人たちも、出現した。
「じゃ、出る」
目の前にぶら下げられた人参に、今野は飛びついた。
(つづく)
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- 山本信博(3)「ぼくだけだと思うんですけど、劇的に上手くなったんですよ」
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- 山本信博(1)「プレッシャーはない。不振の原因は練習不足」
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- 小野恵太(3)「プロなんて考えたことありませんでした。運がよかったんです」
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- 小野恵太(1)「試合に負けて、あんなに泣いたのは、初めてでした」
○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。