COUNT UP!

COUNT UP! ―― PERFECTに挑む、プロダーツプレイヤー列伝。
―― PERFECTに参戦するプロダーツプレーヤーは約1,700人。
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
2015年7月27日 更新(連載第62回)
Leg13
風に吹かれて歩き続ける 行き先はわからない ただ自分らしく生きていく
今野明穂

Leg13 今野明穂(4)
どん底

2013年シーズン女王の大城明香利を、今野明穂は「最大のライバル」と言う。勝気な今野にしてみれば、絶対に負けたくない相手だ。

大城はその今野が「お姉ちゃんみたいな存在で、ほんとのお姉ちゃんだったら、ずっとくっついて歩いているほど、大好き」なのだ そうだ。移住組の今野が、沖縄勢の顔であったことに、複雑な気持ちがあるのでは、と想像していたが、そんなことはなく、「明穂さんは、いまでもうちなー(沖縄出身者)です」とも。

「絶対に負けたくない」とはっきり口にする今野に対し、大城は「負けたくない、というより、いい試合がしたい、という気持ちの方が強い」と言う。この辺りに、男前の今野と、妖精のようなキャラクターの大城の違いが滲み出ていて面白い。が、おそらく、大城も「絶対に負けたくない」と思っているに違いない、と私は思う。

「ちょろい」

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日本初のプロソフトダーツトーナメントPERFECTの開幕は2007年のことだった。初代女王は岩永美保で、翌年も連覇した。09年には松本恵が登場し、この年からの4連覇で絶対女王の名を恣にする。PERFECT13年シーズンのDVDのプロデューサーだったソニーミュージックの遠藤政伸(当時)が、その強さを「一人無敵艦隊」と表現したほどで、今野と大城が全戦参戦することになった13年の開幕当初、松本の5連覇を疑う関係者は皆無だった。
 が、今野と大城は「年間優勝できる」と思って参戦していた。12年の途中参戦で、6戦して優勝1回、準優勝2回の今野は、後に「正直、ちょろいと思ってしまって、PERFECTをなめていました」と振り返るほど、自信満々で13年シーズンを迎えていた。大城も同じだ。この年の開幕前にレーティングが24を超え「(松本恵より)私の方が出てるじゃん」と、年間総合優勝に手応えを感じて参戦していた。

横浜の開幕戦は、今野3位タイ、大城ベスト16に終わる。が、今野が敗れたのは優勝した田中美穂、大城は準優勝の竹本絵美に苦杯を喫しており、悪いスタートではなかった。

「明香利に優勝させてはいけない」

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迎えた第2戦神戸大会で、あまりにもあっけなく、決勝での沖縄対決が実現する。今野はベスト8で松本伊代、準決勝で田中美穂の両実力者を倒しての4度目の決勝。一方の大城は、準決勝で松本恵を撃破して、初めて決勝に進出した。その後、名勝負を繰り返すことになる二人がPERFECTの舞台で激突するのは、これが初めてだった。

決勝の第1レグは今野先攻の701。ロウトンでスタートした今野は、初決勝で硬さの見える大城を尻目に、第2、第3Rでハットトリックを打ち、序盤で勝負を決める。第2レグは大城先攻のクリケット。ファーストラウンドで9マークの今野が、その貯金を活かし、6R決着で125対129の接戦をブレイク。優勝に大手をかけた。

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2013 PERFECT【第2戦 神戸】
決勝戦 第3レグ「クリケット」

今野 明穂(先攻)   大城 明香利(後攻)
1st 2nd 3rd to go   1st 2nd 3rd to go
20T 19 20T 60 1R 19 19 × 0
× 19T 18T 79 2R × 17T 17T 51
17T 15 15T 94 3R 16 16T 16 83
16T B B 94
4R × B B 83
B 94
WIN
5R
T=トリプル D=ダブル B=シングルブル DBL=ダブルブル

先攻の今野は第1Rに、「今では絶対にやらない」という強気の攻めを見せる。1投目にT20を沈めると、2投目はプッシュせずに19へ。シングルとなったため、3投目はプッシュしたが、2投目がトリプルだったら、3投目は「17に行っていたかも知れない」。

今野の強気に威圧されたのかどうか、第1Rの大城は2マーク。ファーストラウンドで陣地1つと60ポイントのアドバンテージを得た今野は、続く第2Rも強気を通し、2投目、3投目で19と18の陣地を確保し、大きくリードを広げる。対する大城は17の6マークで追い縋った。

第3R。今野は大城の虎の子の17を、1投目のトリプルでカット。2、3投目で15をオープン・プッシュして7マーク。後のない大城に襲いかかる。大城は5マークで16をオープン・プッシュしたが勝負はここまで。第4Rの1投目に大城陣の16をカットした今野が、続く第5Rで勝負を決め、スイープで優勝をさらった。

決勝を前に、今野には特別の思いがあった。沖縄では何かと比較されながら、先にD-CROWNでプロデビューした大城の後塵を拝していた。しかし、学年では自分が3つ上で、PERFECTのキャリアでも上回る。「先輩の意地」で、負けたくなかった。それだけではない。大城の実力は、今野が一番知っていた。「明香利を優勝させたら、そのまま(年間総合女王レースで)走られてしまう」。大城の初優勝は時間の問題としても、年間女王奪取のためにも、それを少しでも遅らせたかった。

しかし、である。先回りして言えば、狙い通り大城のキャリア初優勝を阻止し、開幕2戦目で13年季の初優勝を遂げた今野だったが、「明香利を優勝させたら、走られる」との予想は、思わぬ形で現実となる。

失速

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怖いもの知らずだった今野は、自信満々で2013年シーズンに参戦し、第2戦で沖縄対決を制して優勝すると、3位タイに入賞した第3戦で年間総合女王レースのトップに踊り出た。そして、第10戦の沖縄大会までその地位を守る。その間、第5戦で優勝、第6、第8戦、第10戦で準優勝、第7戦で3位タイと、「今野独走」を思わせる抜群の安定感で、女王レースを走り続けた。

しかし、準優勝でトップは死守したものの、第10戦沖縄大会の決勝を潮目に、流れが変わる。今野と決勝を戦ったのは大城だった。それまでの直接対決は今野の2勝。しかし、大城は決勝3連敗の試練を経て、前節の第9戦仙台大会で涙の初優勝を遂げ、波に乗っていた。

さらに、今野、大城の活躍で沖縄が注目される中、大城には悔しさが募っていた。第2戦の決勝は試合前に吐くほど緊張して破れた。翌日は、同じ便で沖縄に帰った。辛かった。「準優勝でもすごいのに、同じ沖縄に優勝した人がいると思うと、なんだか怖い」と思った。その時の気持ちが忘れられない。

今野は沖縄勢の大先輩。だけど、「沖縄には、明穂さんだけじゃなくて、大城もいるというところを見せたい」――。今野にとって大城が最大のライバルであるように、大城にとっても、今野は「お姉ちゃんのような存在」であると同時に、であるからこそ、最大のライバルだった。

3度目の直接対決で初めて今野を下し、2連勝を果たした大城は、次の第11戦新潟でも優勝して3連勝。年間女王争いでも今野を抜いてトップに立つと、そのまま最終戦まで首位をキープし、松本恵の5連覇を阻止して、女王の冠を手にする。今野の予想が的中した。それを許したのは、ほかならぬ、今野の失速だった。

「今野はどこに行った?」

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第10戦の決勝を潮目に、今野は調子を落としていく。続く新潟の第11戦で1回戦敗退の屈辱を味わうと、4強の常連だった今野が、準決勝に進めなくなる。第11戦から最終第21戦まで、4強以上は第13戦のベスト4と第19戦の準優勝のみ。第15戦では、松本恵との対戦だったものの2回戦敗退、第18戦では1回戦でスポット参戦の選手に苦杯を喫した。

年間総合女王レースも、終わってみれば3位。女王の大城には200ポイント以上の水を開けられた。今野を全戦初参戦の選手とみれば、立派な成績だが、もちろん、今野に笑みはなかった。悔しさだけが残った。

が、それだけでは終わらなかった。捲土重来を期して挑んだ翌2014年シーズンに、さらに恐ろしい悪夢が今野を襲う。

横浜の開幕戦はベスト16で敗退。対戦相手は、その開幕戦に優勝し、この年大激戦の末、大城から女王を奪還することになる松本恵だった。が、相手がビッグネームだったから仕方がないと、自らに言い聞かせることが出来たのは、ここまでだった。

第2戦以降は、松本恵、大城、清水希世、田中美穂、松本伊代、大内麻由美といった強敵と戦う前に、トーナメントから姿を消す戦いが続いた。決勝、準決勝はおろか、13年シーズンには不調でも残ることができたベスト8にすら、なかなか残れない。第8戦まで7試合(第7戦は中止)を戦って、ベスト8は僅かに2回。第6戦では1回戦敗退を喫した。

「今野はどこに行っちゃったの?」
 トーナメント会場からは、そんな心無い軽口が囁かれるようになっていた。

店を繁盛させるために本気になったダーツで、店のお客さんにニンジンをぶら下げられて飛び込んだプロの世界で、順風満帆の歩みを続けてきた今野が、初めて味わうスランプだった。

調子は良いのに勝てない。「今日優勝できなかったら、もう絶対優勝できない」と思うほど、調子が良い日にも勝てない。「もう一生優勝出来ない」と思い悩むほど追い詰められ、何度も「もう辞めようかな」と思った。

それは、今思い返しても信じられないほど、暗くて長い長いトンネルだった。光は見えなかった。

(つづく)


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○ライター紹介

岩本 宣明(いわもと のあ)

1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。

京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。

著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。