COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg15 大内麻由美(1)
「引退はしません。後は、年間総合優勝しかありません」
2015PERFECT最終戦、幕張メッセ、2015年12月12日。大内麻由美は決勝の舞台にいた。
最終戦を待たずに年間総合女王は大城明香利に決まってはいたが、ドラマティック・パーフェクトのこの日の主役は、年間2位争いの死闘を続ける大内と今野明穂。前節の第16戦終了時点で、2位の今野は682ポイント、3位の大内は662ポイントでその差は僅かに20ポイント。最終戦の結果如何で逆転もある。
最終戦優勝で年間総合2位
今野、大内とも順調に勝ち上がり、二人は準決勝で激突。両者譲らず、互いに2レグキープで迎えた最終レグで、コークに敗れ先攻を譲った大内がブレイクで激闘を制し、決勝へと駒を進めた。
この時点で、獲得ポイントは今野733、大内730。大内が逆転するには、決勝での勝利が必須だった。
逆山を勝ち上がって来たのは、準決勝で大城を破った松本恵。15年季はスポット参戦ながら2勝を上げ、健在を示した元・絶対女王だった。
決勝は、ライブ中継を解説した福永正和をして「今季、女子のベストマッチ」と言わしめた、大激戦となる。大内が2レグを先取し優勝に大手をかけると、松本が驚異の粘り腰で続く第3、第4レグを連取。レグカウント2-2となって、最終レグに雪崩込んだ。
第5レグは、コークをインナーブルに捩じ込んだ大内の先攻で幕が開く。
2015 PERFECT【最終戦 千葉】
決勝戦 第5レグ「クリケット」
大内 麻由美(先攻) | 松本 恵(後攻) | |||||||
1st | 2nd | 3rd | to go | 1st | 2nd | 3rd | to go | |
T20 | 20 | 20 | 80 | 1R | T19 | T19 | T19 | 114 |
T20 | 20 | 20 | 180 | 2R | T19 | T19 | 19 | 247 |
20 | 20 | 20 | 240 | 3R | 20 | 19 | T19 | 323 |
20 | T20 | 20 | 340 | 4R | T19 | – | T19 | 437 |
20 | – | T20 | 420 | 5R | 20 | – | 20 | 437 |
T18 | 18 | T19 | 438 | 6R | 17 | 17 | 17 | 437 |
– | – | 18 | 456 | 7R | T17 | – | T17 | 539 |
T18 | 18 | T18 | 582 | 8R | 17 | 17 | – | 573 |
17 | 17 | 17 | 582 | 9R | 16 | T16 | 16 | 605 |
18 | T18 | – | 654 | 10R | 16 | 16 | T16 | 685 |
18 | 18 | T18 | 744 | 11R | T16 | 16 | T16 | 797 |
T18 | T18 | T18 | 906 | 12R | 16 | T16 | – | 861 |
T16 | T18 | 18 | 978 | 13R | – | T15 | – | 861 |
15 | 15 | 15 | 978 | 14R | – | OBL | IBL | 861 |
T18 | – | – | 1032 WIN |
15R | OBL | IBL | OBL | 961 |
第5レグは最終第15Rまで縺れ込む、両者譲らぬ壮絶な打ち合いとなる。
序盤は松本が優勢にゲームを作った。第1Rに19のベット、第2Rで7マークを打った松本は、20と19の打ち合いで、第4Rまでに97ポイントのリードを奪った。他方、20が今一つ合わない大内は、第1Rこそ7マークでスタートしたものの、以後は5、3、5マークで波に乗れない。
潮目が変わったのは第6R。第5Rで20をカットされた大内は、第6Rの1投目にトリプルで18を獲得し、2投目のシングル18でポイントオーバーすると、3投目にはトリプルで松本の19をカット。17の獲得に3本を費やした松本を押し返し、戦況は全くの五分。大内が先攻有利を取り戻した。
第7R以降は息詰まる打ち合い。第7Rは痛恨の1マークの大内に対し、6マークの松本が逆転。が、第8Rで7マークを打った大内が、2マークの松本を再逆転する。第9Rでは、大内が3投使って松本の17をカット。松本は16の5マークで32ポイントを加点し三度リード。第10Rは大内4マーク、松本5マーク、第11Rは大内4マーク、松本7マークで、松本が徐々にその差を広げた。
が、迎えた第12Rで再び戦況がうねる。大内が起死回生のベット。対する松本は3投目をミスし痛恨の4マーク。53ポイントのビハインドから一気に45ポイントリードと戦況を逆転した大内は、続くラウンドで勝負に出る。
第13R。大内は一投目にカットを選択。セットアップの後、一旦スローラインを外し、一呼吸入れた大内は、一本で松本陣の16をクローズすると、2投目のトリプル、3投目のシングルで72ポイントを加点し、松本を突き放す。勢いに呑まれた松本は2投目に15を獲得するも、2本ミスし加点はなし。2Rを残し点差は100ポイント以上開いた。
第14R。大内は3本で松本の15をカット。松本は3本でブルを獲得したがここまで。第15Rの1投目に大内がトリプル18で54ポイントを加点した時点で、大内の優勝が決まった。
優勝と年間総合2位を決めたあとも、松本の最終投擲を表情をまったく変えずに見守った大内は、試合終了後、客席に向かい深々と一礼。優勝インタビューで、「見事優勝は大内麻由美プロです」と声を掛けられて初めて、両手を高々と上げて、笑顔を見せた。
3年目の覚醒
大内麻由美の勢いが止まらない。PERFECT移籍3シーズン目の2015年、序盤戦こそ出遅れたものの、ゴールデンウイークの第5戦福岡大会で準優勝を果たすと、続く第6戦仙台の決勝で大城を倒し、15年季初、自身2度目の優勝を遂げて年間総合3位にランクアップ。勢いに乗った。
第10戦横浜大会からは3戦連続で決勝に進出。3大会連続の同一カードとなった決勝の大城戦は、横浜こそ優勝を譲ったが、第11戦石川と第12戦名古屋を連覇し、年間女王レースを独走する大城に待ったをかけた。
さらに第14戦静岡、第15戦横浜で連続ベスト4、そして最終第17戦の千葉で4勝目をあげ、年間総合2位の座を射止めた。
ハードの女王
大内は大城より9歳、今野より7歳年長で、PERFECT女子ではベテランの一人。ハードダーツの世界では早くからその名を知られ、ソフトダーツのPERFECTが開幕する2年前の2005年には、WDFワールドカップで日本人初の3位入賞の偉業を達成。2011年のIDFワールドカップ上海では501で優勝するなど、ハードダーツでは女王の名を恣にしている。
さらに、昨年のレイクサイドでベスト4、世界最高峰と言われるワールドマスターズでは自身3度目となるベスト8入りを果たし、今やその名はダーツの本場イギリスでも知れ渡っている。
苦戦
二十歳の年にハードからダーツのキャリアを出発した大内が、ソフトダーツを投げるようになるのは、2010年頃から。D-CROWNにスポット参戦したのが始まりだった。2011年シーズンには3度のシングルス優勝を果たし、翌12年、D-CROWNが閉幕した年に、最後の女王となった。
2012年9月の第10戦横浜大会で、女子ダーツのパイオニア・浅野ゆかり、2014年季にPERFECT初の3冠王者となる知野真澄らとともにPERFECTに移籍。知野と同じく、D-CROWN最後の女王として、その参戦はファンの注目を集めた。初戦の横浜、続く第11戦の岡山で連続してベスト4入りし、大内の実力を知る誰もが初優勝は時間の問題と思った順風満帆の船出に見えた。が、そこから大内の苦悩が始まる。
二兎を追う困難
日本のハードダーツの世界にプロはない。ハードのプレイヤーが目指すのはあくまで名誉だ。その頂には世界がある。他方、後続ながら先にプロ化を果たしたソフトの世界では、プレイヤーは目の色を変えて賞金獲得を目指している。大内はその両方、つまり、二兎を追う。が、世界を見据えて軸足をハードに置き、日程が重なる場合にはハードの大会を優先させていた大内にとって、新天地の戦いは甘いものではなかった。
準フル参戦初年の2013年は年間総合7位。3度決勝に駒を進めたが、初優勝はお預け。この年には、同じD-CROWNに在籍していながら「名前も知らなかった」大城が年間女王の座を射止め、PERFECTのスターダムを駆け上った。翌2014年シーズンは初めて全戦に出場。第11戦新潟大会で初優勝を遂げたものの、年間総合ランキングは5位に留まった。
迎えた2015年シーズンの活躍ぶりは前述の通り。マスターズのベスト8とPERFECTの年間総合2位。二兎を追い続けたベテランが覚醒した。最終戦翌日のPERFECT授賞式では、白のファーに肩をくるんだ艶やかな装いで檀上に立ち、「今年の途中から元に戻ったと言うか、良い波に乗れるように」なったと昨季を振り返ったあと、「さらに順位を上げるにはあと一枠、優勝しかありませんので、まだ、引退しませんので」と語り、控えめながら、今季の女王奪取を宣言した。
ハードの女王に何が起こっていたのか。覚醒の秘密はどこにあったのか?
(つづく)
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- 小野恵太(1)「試合に負けて、あんなに泣いたのは、初めてでした」
○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。