COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg15 大内麻由美(5)
「理論派」の決意
PERFECT2016シーズン女子の戦いは、第7戦を終え、新星の高木静加と実力者の大内麻由美がデッドヒートを繰り広げている。
高木は第6、第7戦を連覇して今季3勝目をあげ、年間総合女王レースのトップに躍り出た。昨年の覇者、大城明香利が「最も警戒する選手」と名前を上げていた同級生だ。
他方の大内の戦いぶりは安定している。第7戦も高木に敗れたものの準優勝。優勝こそ1回に留まっているが決勝は3度戦った。特筆すべきは7戦中6戦でベスト4に残っていることだ。安定感は抜群で、他を寄せ付けていない。
「どこで狙って投げてるの?」
――努力型とか天才肌とか、ご自身はどんなタイプのプレイヤーだと思っていますか?
「頭でっかちなほうです。試合中も自分の投擲を分析したりします」
大内の答えは意外だった。「最初から上手」く、「練習はしたことがなかった」のに、短期間で日本代表にまで上り詰めたというそれまでの話からは、理論に頼らない天才肌のプレイヤーをイメージしていたからだ。
よく話を聞くと、しかし、やはり最初から頭でっかちだったわけではなかった。ほとんど練習せずに、とんとん拍子でスターダムを駆け上がっていた頃は、何も考えていなかった。なぜ入るのかも、入らないのかも、わかっていなかった。きっかけは、西川(当時、現浅野)ゆかりが漏らした一言だった。
2004年9月。初めて日本代表に選出されてシンガポールで開催されたアジア・パシフィック杯に出場したときのことだ。
「どこで狙って投げてるの?」
西川が大内に訊ねる。が、大内には質問の意味が分からなかった。当時の大内は投げてみなければどこに刺さるかも分からない状態。「どこを」ではなく「どこで」狙う、の意味するところが分からない。では、他の人はどうしているのだろう。「どこで」狙って投げているのか、どうやって投げているのか? 自分にとって理想の構えは、投擲は? 考え始めた。
「真直ぐ構えて真直ぐ飛ばしたら真直ぐ飛んでいく」
「理論派」を自負する大内のダーツ理論は単純明快だ。
「真直ぐ構えて真直ぐ飛ばしたら真直ぐ飛んでいく」
大内の場合、構えたときのダーツの位置は利き目のすぐ前。テイクバックはほとんどとらず、あたかも利き目が発射台になっているかのような仕方でダーツを飛ばす。狙いは腰の角度で調整する。ダーツを放った瞬間からダーゲットに突き刺さるまで、大内にはダーツが描く放物線のラインが見えている。投げる前のラインのイメージと、実際に投げたダーツのラインが同じなら、ダーツはターゲットに吸い込まれる。だから、投げた瞬間に入ったか入らなかったかが分かる。
最初からラインが見えていたわけではない。D-CROWNで戦っていた2010年頃、壁にぶつかった。入ったと思ってもちょっとずれたりする。このままやっていても安定したダーツはできない。限界を感じだ。思い切ってフォームを変えた。眉毛の上で構えていたダーツを目の高さまで下げた。そして、ラインを見はじめた。
最初は刺さる直前しか見えなかった。が、ラインはボードから少しずつ手前に伸びて来て、ダーツを離す瞬間から見えるようになった。見えるラインの長さと比例して、ショットの成功率は上がっていった。
ラインが見えて、世界が変わった
ラインが完全に見えるようになると、世界が変わった。なぜ入るのか、あるいは入らないのか、分からないということがなくなった。理由が分かるから、修正ができるようになった。体は毎日変わる。だから、その日の体の調子で、狙う角度を微妙に変える。ラインが見えているから、それができる。
何も考えずに投げていたときは、どんな大会でも緊張することがなかった。自分は緊張しないタイプだと自負もしていた。が、違った。緊張しなかったのは、入る理由を知らなかったからだった。どうすれば入るかわかるということは、それができなければ入らないということでもある。考えて投げるようになると、緊張するようになった。
緊張の中でいかにパフォーマンスを上げていくか。今の大内はその自分との闘いの中にいる。ゲームの勝負どころで、大内が長い間を取ることがあるのは、その現れなのかもしれない。
2戦連続優勝
大城明香利が3冠と年間6勝を達成して圧勝した2015年シーズン。中盤の第8戦から3連覇を果たした大城は、年間総合女王レース独走態勢に入った。もう、止められる選手はいない、と誰もが思った。が、いぶし銀が存在感を示す。
第11戦石川大会。前節、決勝に敗れ大城に3連覇を与えた大内は2大会連続で決勝に駒を進める。逆山を勝ち上がったのはまたしても大城。4連覇で大城に一人旅を許せば、総合優勝争いの色は褪せる。ドラマティックPERFECTの火を消さないためにも、絶対に負けられない試合だった。
大城先攻の第1レグ701は、第1Rから3R連続ハットトリックの大内がそのまま押し切りブレイク。勢いに乗った大内は第2レグ第1Rで9マーク。第2Rでもあわやホワイトホースの7マークを放って圧倒し、優勝に大手をかけた。大内は第3レグも9マークでスタート。が、第3レグで9マークを打ち返した大城が逆襲し接戦を制した。第4レグは一転し、大内が自滅。大差で大城がブレイクし、決勝はフルレグに雪崩込んだ。
2015 PERFECT【第11戦 石川】
決勝戦 第5レグ「701」
大内 麻由美(先攻) | 大城 明香利(後攻) | |||||||
1st | 2nd | 3rd | to go | 1st | 2nd | 3rd | to go | |
B | B | B | 551 | 1R | B | B | B | 551 |
B | B | 9 | 442 | 2R | 2 | 1 | 18 | 530 |
10 | B | 12 | 370 | 3R | B | 12 | 20 | 448 |
15 | 15 | B | 290 | 4R | B | B | B | 298 |
17 | B | B | 173 | 5R | B | 16 | B | 182 |
B | 19 | 1 | 103 | 6R | B | 4 | B | 78 |
10 | 19 | 17 | 57 | 7R | T18 | × | D9 | 6 |
3 | 1 | 3 | 50 | 8R | D19 | – | – | 6 |
B | – | – | 0 WIN |
9R | – | – | – | – |
コークに敗れた大城のチョイスは、定石破りの701。第4レグの701でブルのミスを連発した大内の心中を計っての選択だった。
第1Rは両者ハットトリックでスタート。が、第2Rで後攻めの大城が3本外し、点差が開いた。突き放したい大内だったが、第3、第4Rはブルが1本ずつ。第4Rでハットトリックを返した大城が、戦況を五分に押し戻し、ゲームは精神力勝負の神経戦の様相を呈し始める。第5、第6Rで大城がポイントで逆転したが、残り大内103対大城78。25ポイント差で先攻有利は変わらない。そして、迎えた第7Rからの最終盤にドラマが待っていた。
第7R。足早にスローラインに向かった大内だったが、セットアップしてから腕が出ない。タイミングが合わず、3度構えなおしてから放った1投目は右に逸れシングル10。苦笑いをみせた。2投目はターゲットをT19に。ここでもダーツをなかなか投げられない。意を決したようにして放ったダーツは1ドット上のシングルゾーンへ。間を開けずに放った3投目もブルを外れた。
4連勝にワンチャンスが回ってきた大城は、何かを確認するかのように何度か大きく頷いてから、スローラインに入った。が、プレッシャーからか一度立ったスローラインを外して仕切り直し。残り78ポイントからの1投目をT18にきっちり捩じ込み、残り24とすると、テンポよく2投目のチャンピオンシップショットを放った。が、アウトオブボード。間をおかず放った3投目も僅かに外れD9。千載一遇のチャンスを逃し、顔をしかめた。
大城のミスを見届けた大内は大きく伸びをしてスローラインへ。第8R。残り57で迷いなくT19を選択。が、やはり腕が出ない。3度の仕切り直しのあとに放った1投目はシングル3。再び苦笑いをみせる。2投目もT18のターゲットを大きく外しシングル1。残り53でチャンスを失った大内は3投目をシングル3でアレンジした。
九死に一生を得た大城は右手を何度も胸に当て、深呼吸を繰り返しながら長い間を取ってスローラインに入った。が、ダーツは左に逸れD19のバースト。3度、大内にチャンスが回って来た。
第9R。屈伸と背伸びのあと、スローラインに立った大内は、2度スローラインから離れ気持ちを落ち着ける。そして放ったダーツはブルゾーンの隅に吸い込まれた。
「最後変なになっちゃって…、我慢して我慢して諦めなくてよかった」と笑い、優勝インタビューで決勝を振り返った大内は、この時点で総合ランキングを3位に上げ、「(総合優勝の可能性がある限り)、追いつけるところまで頑張りたい」と決意を述べた。
決意通り、続く第12戦名古屋大会でも、大内は決勝で大城を破り2大会連続の優勝。シーズン3勝目で大城の独走に待ったをかけた。
プロになる決意
2005年、日本人初のワールドカップ表彰台でトッププレイヤーに躍り出た大内は、「興味がなかった」ソフトダーツでも結果を出し始めた。この年のブルシューター香港アジアではタイトルをほぼ総なめ。翌年2006年にはブルシューターのシカゴ大会に日本代表として出場、さらに翌2007年にはブルシューター・シカゴに連続出場し、浅野ゆかりと組んだダブルスでタイトルを手にした。
が、主戦場はあくまでハード。ソフトは「香港行きたい」「シカゴに行けるなら」という程度のモチベーションで、単発で参戦していただけだった。2007年にPERFECTが開幕し、翌年にはD-CROWNが続いて、国内でダーツプレイヤーのプロ化が進み始めても大内は参戦せず、歯科医院で事務職の仕事を続けていた。
それがいつのことだったのか、よく憶えていない。28歳か29歳ぐらいの頃だったと思う。「ダーツのプロです」と言えるようになろうと思った。大会に出場すれば「大内プロ」と呼ばれていた。が、自分では「プロではない」と思っていた。プロ資格を取得していないからではない。もし取ったとしてもプロとは言えないと思った。ダーツの収入だけでは生活が成り立っていなかった。それを目標にして、ダーツだけで生活できる環境を作って初めて、自分は「ダーツを仕事にしています」と言える。そうなろう、と決意した。
2010年、D-CROWNのプロ資格を得てスポット参戦。翌年には5年間勤めた歯科医院を退職し、満を持して全戦に参戦。自他ともに認める「大内麻由美プロ」が誕生した。
(つづく)
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- 山本信博(3)「ぼくだけだと思うんですけど、劇的に上手くなったんですよ」
- 山本信博(2)「余計なことをあれこれ考えているときが、調子がいいんです」
- 山本信博(1)「プレッシャーはない。不振の原因は練習不足」
- 【Leg1】小野恵太 - 皇帝の背中を追う天才。
- 小野恵太(4)「星野さんを超えた? まったく、足元にも及びません」
- 小野恵太(3)「プロなんて考えたことありませんでした。運がよかったんです」
- 小野恵太(2)「こんなに悔しい思いをするんなら、もっと上手くなりたいと思ったんです」
- 小野恵太(1)「試合に負けて、あんなに泣いたのは、初めてでした」
○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。