COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg15 大内麻由美(6)
世界の頂を見据え、二兎を追う
カウントアップの連載を始めて3年近く。多くのトッププレイヤーにじっくりと話を伺ってきたが、大内麻由美は突出してユニークな人だと思う。優劣を言うのではない。トッププレイヤーはそれぞれにみな個性的で魅力に溢れている。
ダーツに魅せられ、ダーツの神様に愛された人々なのだから当然なのだが、トッププレイヤーには共通点も多い。多くのプレイヤーが「ダーツは自分のすべて」と言い、「人生そのもの」と口を揃えた。ごく少数の例外を除き、人生のあるときに、何かに憑かれたようにダーツにのめりこむ経験をしている。
が、大内にはそれがない。面白い。
「ダーツは家族のようなもの」
プロもアマも含め、大半のプレイヤーはダーツが楽しくて、好きになってのめりこんでいく。趣味が高じてトップを目指すようになる。が、大内は「楽しいから始めたわけでも、趣味で始めたわけでもない」と言う。ダーツのプロだった父親に頼まれて試合に出たのが、ダーツを始めたきっかけだった。そして、「何となくやり出したら、レールに乗ってしまっていて、どんどんスピードがついてしまって降りられなくなってしまった感じです」と言う。面白すぎる。
大内さんにとってダーツって何ですか?――。取材をした全員に聞いていることを訊ねた。大内は答える。
「家族みたいなもんですかね。好きでも嫌いでも縁は切れないし、もう、それしかないし、頼れるのはそこしかないし…」
ダーツは家族。言い得て妙だと思う。
「凄く楽しかった瞬間もあるんですよ。試合をしていて、にやけちゃうような。アドレナリンが出ちゃってるような。心の中で相手に『入れて来いよ』って言って、『入れ返してやるよ』ってつぶやいているみたいな瞬間が。そういう意味で、楽しかったりはするんですけど、これだけやっていて2、3回しかないんですよ。苦しい事も沢山あるので難しいんですけれど、好きか嫌いかと言ったら、好きなんだろうなとは思います。でも、大好きまではいかないです。好きとか嫌いとか、考えていないです」
二兎を追う
大内はハードダーツとソフトダーツの二兎を追う。ハードでは9年連続で国内ランクトップの座を維持し、10年連続で日本代表に選出されている。昨シーズンもPERFECTにほぼ全戦参戦しながら、ハードの国内外の大会にも多数出場し、世界最高峰と言われるハードダーツの国際大会マスターズで自身3度目のベスト8入りを果たした。優勝に手の届くところまで来ている。多くのトッププレイヤーがソフトダーツに軸足を置くのとは明らかに違う。
「好きなのはハード。現実的なのはソフト」と、大内は言う。ハードでキャリアを積んでからソフトに転戦した大内は、今でもハードをホームと思っている。ソフトの試合が続くと、ホームシックに罹ってしまうと笑う。
「現実なのはソフト」と言うのは、稼げるのはソフト、という意味だ。ハードダーツの国内大会に賞金はない。あるのは名誉だけだ。それでは食べていけない。ダーツだけで生活が成り立っていなければプロとは言えない、というのが持論の大内にとって、ソフトダーツは仕事である。
ハードは単純、ソフトは理不尽
ハードとソフトの違いはチップだけではない。バレルの重さはハードの方が重く、的となるボードはソフトの方が大きく、スローラインからボードまでの距離はソフトが長い。距離と的の比率を計算しても、ハードの方が少し的が小さい。ハードでは外すのは想定内だが、ソフトは入れるのが当たり前。トッププロ同士の戦いでは、ハードは入れた方が勝ち、ソフトは外した方が負ける。
さらに、ソフトダーツは機械化されたマシーンがゲームをショウアップする。ショットが決まれば大音量が場を盛り上げ、ミスショットすると情けない音が響く。相手のプレイを見なければ、自分のショットにだけ集中できるハードと違い、ソフトでは嫌でも相手の状況が耳に入ってしまう。大内はそれが好きではない。
その違いが直接的な原因かどうか、単にハードで育ったからなのか、またはソフトの大会には生活に直結する大きな賞金がかかっているからなのか、大内はハードのトーナメントに行くと、ダーツが楽しいと感じるが、ソフトの大会で楽しいと思ったことは、ほとんどない。
大内は言う。入れるのが難しいハードは運や勢いに左右されにくく、実力上位者が勝つ確率が高い。が、ソフトは違う。入れやすいソフトは実力と結果の振れ幅が大きく、番狂わせも起こりやすい。実力が結果にストレートに反映されないところが理不尽だと思う。
「ハードは上手い方が勝つ。すごく単純じゃないですか。でも、正直、ソフトってそうじゃないところがあります。その理不尽さが嫌なんだと思います。ソフトは運の要素が大きいと思うので、運に左右されないように、もっと自分のレベルを上げて安定させないといけないと思っています」
世界で一番強い選手に
長くハードダーツの女王の座に君臨する大内は、これからどこに向かって行こうとしているのか。ソフトではもちろん、PERFECTで年間女王を手にするのが目前の目標だ。序盤を終え、昨年の覇者、大城明香利に昨年ほどの安定感がない今季は絶好のチャンスだ。
ハードではどうか。 「少し前までは、世界に認められるプレイヤーになりたいと思っていました。アジアではちやほやされても、ハードの本場ヨーロッパでは知られていませんでしたから。でも、その目標はかなった気がします。イギリスに行っても私を知らない選手はほとんどいなくなりました。だから、今度は世界一の称号を獲りたいと思っています。それがかなったら、次は、『世界で一番強い選手は誰』という質問の答えに、大内麻由美の名前が出るようにしたいです」
大内は世界の頂を見据えている。
(終わり)
ドラマティックPERFECT2016年シーズン女子の戦いは、折り返しに近づき混戦を極めている。6月11日開催の第9戦横浜大会で今季2勝目をあげた前年女王の大城明香利が、GⅠ優勝ポイント90を積んで首位に肉薄。ベスト8の大内が2回戦で姿を消した高木静加を抜いて首位に返り咲いた。
トップ3は大内452ポイント、高木437ポイント、大城416ポイント。大城の連覇か、実力者大内の初制覇か、それとも新星高木がシンデレラストーリーを綴るのか。
COUNT UP!は、次回から髙木静加の戦いを追う。
- 【特別編】2016 年間チャンピオン - インタビュー
- 髙木静加 ニューヒロイン誕生!
- 浅田斉吾 自分を見ることができるようになった
- 【Leg16】髙木静加 もう逃げない ―― 遅れてきた天才の決意
- 髙木静加(4)無限の伸び代
- 髙木静加(3)亀の歩み
- 髙木静加(2)逃げた
- 髙木静加(1)大城明香利の予言
- 【Leg15】大内麻由美 覚醒したハードの女王
- 大内麻由美(6)世界の頂を見据え、二兎を追う
- 大内麻由美(5)「理論派」の決意
- 大内麻由美(4)名前が売れた
- 大内麻由美(3)最初から上手かった
- 大内麻由美(2)父の背中
- 大内麻由美(1)「引退はしません。後は、年間総合優勝しかありません」
- 【特別編】2015 年間チャンピオン - インタビュー
- 大城明香利 初の3冠に輝いたPERFECTの至宝
- 浅田斉吾 年間11勝 ―― 歴史を変えた“ロボ”
- 【Leg14】知野真澄 みんなの知野君が王者になった。
- 知野真澄(6)「ちゃんと喜んでおけばよかったかな」
- 知野真澄(5)「絶対に消えない」
- 知野真澄(4)10代の「プロ」
- 知野真澄(3)「高校生なのに、上手いね」
- 知野真澄(2)お坊ちゃん
- 知野真澄(1)3冠王者誕生
- 【Leg13】今野明穂 うちなーになった風来女子、その男前ダーツ人生
- 今野明穂(6)お帰り
- 今野明穂(5)プロの自覚
- 今野明穂(4)どん底
- 今野明穂(3)ニンジン
- 今野明穂(2)沖縄に住みたい
- 今野明穂(1)今野 Who?
- 【Leg12】山田勇樹 PRIDE - そして王者は還る
- 山田勇樹(6)がんからのプレゼント
- 山田勇樹(5)…かもしれなかった
- 山田勇樹(4)決断と実行
- 山田勇樹(3)強運伝説
- 山田勇樹(2)「胃がんです」
- 山田勇樹(1)順風満帆
- 【Leg11】一宮弘人 この手に、全き矢術を
- 一宮弘人(5)ダーツを芸術に
- 一宮弘人(4)負けて泣く
- 一宮弘人(3)ダーツに賭けた破天荒人生
- 一宮弘人(2)「自由奔放に生きてやる」
- 一宮弘人(1)「いずれは年間王者になれると信じています」
- 【Leg10】門川美穂 不死鳥になる。
- 門川美穂(6)復活の時を信じて
- 門川美穂(5)帰って来た美穂
- 門川美穂(4)死の淵からの帰還
- 門川美穂(3)3.11――死線を彷徨った
- 門川美穂(2)PERFECTの新星
- 門川美穂(1)鴛鴦夫婦
- 【Leg9】大城明香利 沖縄から。- via PERFECT to the Top of the World
- 大城明香利(4)「5年後に世界を獲れたら面白いですね」
- 大城明香利(3)「ダーツにだったら自分のすべてを注げる」
- 大城明香利(2)勧学院の雀
- 大城明香利(1)決勝に進むのが怖くなった
- 【Leg8】谷内太郎 - The Long and Winding Road ― 這い上がるダンディ
- 谷内太郎(4)失われた4年。そして
- 谷内太郎(3)「竹山と闘いたい」
- 谷内太郎(2)「レストランバーの店長になっていた」
- 谷内太郎(1)「長かった」
- 【Leg7】樋口雄也 - 翼を広げたアヒルの子
- 樋口雄也(4)「ダーツは自分の一部です」
- 樋口雄也(3)テキーラが飛んでくる
- 樋口雄也(2)理論家の真骨頂
- 樋口雄也(1)悲願の初優勝
- 【Leg6】浅田斉吾 - 「浅田斉吾」という生き方
- 浅田斉吾(6)家族――妻と子
- 浅田斉吾(5)兄と弟
- 浅田斉吾(4)両刃の剣
- 浅田斉吾(3)「ラグビー選手のままダーツを持っちゃった感じです」
- 浅田斉吾(2)「最速は、僕です」
- 浅田斉吾(1)「今季の目標は圧勝です」
- 【Leg5】今瀧舞 - 熱く、激しく、狂おしく ~ダーツに恋した女
- 今瀧舞(6)「現役を引退しても、ずっとダーツと関わっていたいと思います」
- 今瀧舞(5)「ダーツがやりたくて、離婚してもらいました」
- 今瀧舞(4)涙の訳
- 今瀧舞(3)「神様は超えられる試練しか与えない」
- 今瀧舞(2)「観客席の空気を変えるダーツがしたい」
- 今瀧舞(1)「ダーツを始めてから、テレビはほとんど見ていません」
- 【Leg4】前嶋志郎 - ダーツバカ一代
- 前嶋志郎(3)「ダーツ3本持ったら、そんなこと関係ないやないか」
- 前嶋志郎(2)「ナックルさんと出会って、人のために何かがしたい、と思うようになりました」
- 前嶋志郎(1)「ダーツ界の溶接工」
- 【Leg3】浅野眞弥・ゆかり - D to P 受け継がれたフロンティアの血脈
- 浅野眞弥・ゆかり(4)生きる伝説
- 浅野眞弥・ゆかり(3)女子ダーツのトップランナー
- 浅野眞弥・ゆかり(2)「D-CROWN」を造った男
- 浅野眞弥・ゆかり(1)「PERFECTで優勝するのは、簡単ではないと感じました」
- 【Leg2】山本信博 - 職業 ダーツプレイヤー ~求道者の挑戦~
- 山本信博(6)「結局、練習しかないと思っているんです」
- 山本信博(5)「1勝もできなければ、プロは辞める」
- 山本信博(4)「ダーツはトップが近い、と思ったんです」
- 山本信博(3)「ぼくだけだと思うんですけど、劇的に上手くなったんですよ」
- 山本信博(2)「余計なことをあれこれ考えているときが、調子がいいんです」
- 山本信博(1)「プレッシャーはない。不振の原因は練習不足」
- 【Leg1】小野恵太 - 皇帝の背中を追う天才。
- 小野恵太(4)「星野さんを超えた? まったく、足元にも及びません」
- 小野恵太(3)「プロなんて考えたことありませんでした。運がよかったんです」
- 小野恵太(2)「こんなに悔しい思いをするんなら、もっと上手くなりたいと思ったんです」
- 小野恵太(1)「試合に負けて、あんなに泣いたのは、初めてでした」
○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。