COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
北が南を溶かす、この情熱の熱情を。
Leg16 髙木静加(3)
亀の歩み
髙木静加の勢いが止まらない。7月の第11戦京都大会優勝のあと、8月の第12戦横浜でベスト4、第13戦広島で今季5勝目を上げた。9月の第14戦石川大会こそベスト8で敗退したが、年間女王レースでは断トツの1位。追う大城明香利、大内麻由美に100ポイント近くの差をつけ、新女王誕生も現実味を帯びてきた。
期待を遥かに超える活躍
楽屋話で恐縮だが、COUNT UP!で髙木を連載するには懸念もあった。これまで紹介してきた選手たちの大半は、年間優勝を争うPERFECTのスター選手ばかり。それに比して、髙木は2015年シーズンに急成長を遂げていたものの、優勝経験もない新鋭だった。もし、16年季に髙木が期待通りに活躍してくれなかったら、感動のシーンの少ない、なんとも締まらない連載になるのではないか、というのがその懸念だった。
結局、「一度優勝したら、止まらなくなりそう」という大城の眼力を信じ、祈るような気持ちで人選を決定したのだが、今季の髙木の活躍は、連載開始当初の祈りを込めた期待を遥かに超えている。
ちっとも上手くならなかった
昨季、PERFECT男子で圧勝し、今年も連覇に向け独走する浅田斉吾は、ダーツを始めて1カ月でAフライトに達し、3カ月でトッププレイヤーのレベルに達している。これまで取材を重ねてきた他のプレイヤー達にも、ダーツの魅力に憑りつかれ、寝食を忘れるように没頭して、短期間で周囲が目を瞠るほどの長足の上達を遂げたと振り返る人が多かった。勢い、ダーツと出会ってからトッププレイヤーに仲間入りするまでの物語は、似たような話になる。書き手としては辛いところだが、致し方ないことだと思っていた。
が、髙木は随分違う。出会ったその日にダーツに憑りつかれ、翌日から毎晩のように夜を徹して投げ捲る生活を半年ほど続けたところまでは同じだが、その後が違った。髙木は毎晩投げても、ちっとも上手くならなかった。
上達しないものだから、嫌になってやめてしまう。しばらく時間を置いて、また始める。一旦始めたら、またほぼ毎日、朝方まで投げ続ける。そんな生活を2年以上繰り返した。その間、髙木は美容・理容学校を卒業し、札幌の美容院でアシスタントとして働き始めている。仕事が終わるとご飯を食べて漫画喫茶に直行し、朝方2時間ほど寝て職場へ。正気の沙汰とは思えないような生活を続けた。が、やはり、上手くはならない。髙木のダーツ人生は、亀のようなゆっくりした歩みで始まった。
札幌でダーツバーを開く
2010年の年末、髙木は仕事を辞めて、大阪に転居した。ダーツを教えてくれた男性が、仕事の都合で故郷に帰るのを追った。結婚が前提だった。翌年2月、約束通り結婚し、洋品店で働きながら新婚生活を過ごした。ダーツ熱は冷めていた。
ところが、転機が訪れる。夫は店を持つのが夢だった。そして、結婚した翌年の8月、夫はその夢を実現する。選んだのはダーツバー。場所は二人が出会った札幌。学生時代からの知り合いが多かったことと、開店について相談した義母が、占い師に「北が吉」と言われたのが理由だった。
夫と二人ダーツバーを切り盛りするには、やはりダーツが上手いに越したことはない。髙木は再び、猛練習を始めた。それでも、すぐに上手くなった訳ではない。当時のレーティングは9か10程度で、ダブルBフライト。それでも、ダーツの上手い常連たちとの対戦で鍛えられ、少しずつ腕を上げていった。
店のためにプロになる
2012年、夫がPERFECTのプロテストに合格した。プロの看板はダーツバーの集客に力を発揮する。翌年、髙木もプロテスト挑戦を勧められた。レーティングは13前後まで上がっていた。実力通りの力を発揮すれば合格できるレベルだった。
が、躊躇があった。本音を言うと、プロにはなりたくなかった。高校進学のとき、バレーボールから逃げた記憶が頭を過る。プロになったら、周りから期待される。期待を裏切りたくない。失敗したくない。本気になるのが怖かった。
が、店がある。産声をあげたばかりのお店のためになることなら、なんでもしなければと思った。夫妻でプロの資格があれば話題にもなるし、人も集まる。お客さんにも、プロとして教えることができる。迷っている場合ではなかった。
「お店のためにプロになろう」
決意した。気持ちが固まると、意識が変わった。もう逃げない。プロテストを機に、亀は兎に生まれ変わる。
(つづく)
- 【特別編】2016 年間チャンピオン - インタビュー
- 髙木静加 ニューヒロイン誕生!
- 浅田斉吾 自分を見ることができるようになった
- 【Leg16】髙木静加 もう逃げない ―― 遅れてきた天才の決意
- 髙木静加(4)無限の伸び代
- 髙木静加(3)亀の歩み
- 髙木静加(2)逃げた
- 髙木静加(1)大城明香利の予言
- 【Leg15】大内麻由美 覚醒したハードの女王
- 大内麻由美(6)世界の頂を見据え、二兎を追う
- 大内麻由美(5)「理論派」の決意
- 大内麻由美(4)名前が売れた
- 大内麻由美(3)最初から上手かった
- 大内麻由美(2)父の背中
- 大内麻由美(1)「引退はしません。後は、年間総合優勝しかありません」
- 【特別編】2015 年間チャンピオン - インタビュー
- 大城明香利 初の3冠に輝いたPERFECTの至宝
- 浅田斉吾 年間11勝 ―― 歴史を変えた“ロボ”
- 【Leg14】知野真澄 みんなの知野君が王者になった。
- 知野真澄(6)「ちゃんと喜んでおけばよかったかな」
- 知野真澄(5)「絶対に消えない」
- 知野真澄(4)10代の「プロ」
- 知野真澄(3)「高校生なのに、上手いね」
- 知野真澄(2)お坊ちゃん
- 知野真澄(1)3冠王者誕生
- 【Leg13】今野明穂 うちなーになった風来女子、その男前ダーツ人生
- 今野明穂(6)お帰り
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- 今野明穂(3)ニンジン
- 今野明穂(2)沖縄に住みたい
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- 【Leg12】山田勇樹 PRIDE - そして王者は還る
- 山田勇樹(6)がんからのプレゼント
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- 山田勇樹(2)「胃がんです」
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- 一宮弘人(5)ダーツを芸術に
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- 一宮弘人(3)ダーツに賭けた破天荒人生
- 一宮弘人(2)「自由奔放に生きてやる」
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- 門川美穂(1)鴛鴦夫婦
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- 大城明香利(3)「ダーツにだったら自分のすべてを注げる」
- 大城明香利(2)勧学院の雀
- 大城明香利(1)決勝に進むのが怖くなった
- 【Leg8】谷内太郎 - The Long and Winding Road ― 這い上がるダンディ
- 谷内太郎(4)失われた4年。そして
- 谷内太郎(3)「竹山と闘いたい」
- 谷内太郎(2)「レストランバーの店長になっていた」
- 谷内太郎(1)「長かった」
- 【Leg7】樋口雄也 - 翼を広げたアヒルの子
- 樋口雄也(4)「ダーツは自分の一部です」
- 樋口雄也(3)テキーラが飛んでくる
- 樋口雄也(2)理論家の真骨頂
- 樋口雄也(1)悲願の初優勝
- 【Leg6】浅田斉吾 - 「浅田斉吾」という生き方
- 浅田斉吾(6)家族――妻と子
- 浅田斉吾(5)兄と弟
- 浅田斉吾(4)両刃の剣
- 浅田斉吾(3)「ラグビー選手のままダーツを持っちゃった感じです」
- 浅田斉吾(2)「最速は、僕です」
- 浅田斉吾(1)「今季の目標は圧勝です」
- 【Leg5】今瀧舞 - 熱く、激しく、狂おしく ~ダーツに恋した女
- 今瀧舞(6)「現役を引退しても、ずっとダーツと関わっていたいと思います」
- 今瀧舞(5)「ダーツがやりたくて、離婚してもらいました」
- 今瀧舞(4)涙の訳
- 今瀧舞(3)「神様は超えられる試練しか与えない」
- 今瀧舞(2)「観客席の空気を変えるダーツがしたい」
- 今瀧舞(1)「ダーツを始めてから、テレビはほとんど見ていません」
- 【Leg4】前嶋志郎 - ダーツバカ一代
- 前嶋志郎(3)「ダーツ3本持ったら、そんなこと関係ないやないか」
- 前嶋志郎(2)「ナックルさんと出会って、人のために何かがしたい、と思うようになりました」
- 前嶋志郎(1)「ダーツ界の溶接工」
- 【Leg3】浅野眞弥・ゆかり - D to P 受け継がれたフロンティアの血脈
- 浅野眞弥・ゆかり(4)生きる伝説
- 浅野眞弥・ゆかり(3)女子ダーツのトップランナー
- 浅野眞弥・ゆかり(2)「D-CROWN」を造った男
- 浅野眞弥・ゆかり(1)「PERFECTで優勝するのは、簡単ではないと感じました」
- 【Leg2】山本信博 - 職業 ダーツプレイヤー ~求道者の挑戦~
- 山本信博(6)「結局、練習しかないと思っているんです」
- 山本信博(5)「1勝もできなければ、プロは辞める」
- 山本信博(4)「ダーツはトップが近い、と思ったんです」
- 山本信博(3)「ぼくだけだと思うんですけど、劇的に上手くなったんですよ」
- 山本信博(2)「余計なことをあれこれ考えているときが、調子がいいんです」
- 山本信博(1)「プレッシャーはない。不振の原因は練習不足」
- 【Leg1】小野恵太 - 皇帝の背中を追う天才。
- 小野恵太(4)「星野さんを超えた? まったく、足元にも及びません」
- 小野恵太(3)「プロなんて考えたことありませんでした。運がよかったんです」
- 小野恵太(2)「こんなに悔しい思いをするんなら、もっと上手くなりたいと思ったんです」
- 小野恵太(1)「試合に負けて、あんなに泣いたのは、初めてでした」
○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。